サッカー日本代表・新旧エース

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 中村俊輔本田圭佑。日本を代表する2人のレフティには、多くの共通点がある。「左利き」であり、「セットプレーで力を発揮」し、「正確なロングボールを蹴れる」。さらにいえば、「戦術眼もある」。2人とも、試合後にはまるで記者席から試合を俯瞰で見ていたかのように、チーム全体の話をする。

 そんな似通った2人だが、決定的な違いがある。一つは、体格とプレースタイルを見れば一目瞭然の「フィジカル」。もう一つが、「性格」である。若き日の中村について、フィリップ・トルシエ元日本代表監督は「中村はベンチにいる時に髪の毛ばかり触っていて、チームと戦っていない」と評したことがあったが、中村はどこか暗い感じが漂う。そのため、プライベートの関係性も大事にするスペイン人とはうまくいかず、スペインリーグに挑戦した時には、チームメイトから“不思議なヤツ”扱いされてしまった。もちろん、年齢を重ねるごとに変化は見られたが、人間の性格は簡単には変わらない。

 それが顕著だったのが、FIFAワールドカップ2010南アフリカ大会前に行われたオランダ代表戦だ。日本代表がFKを獲得すると、場内からは「ホンダ」コールが起きた。本田も蹴る気満々で、中村に「蹴らせてくれ」とアピールする。しかし、中村は本田とコミュニケーションをとることなく、無言のまま、自らFKを蹴った。

 そして、約5年後。AFCアジアカップ2015オーストラリア大会のUAE代表戦で、同じようにFKの場面が訪れた。中村から代わるようにエースとなった本田がFKを蹴ろうとすると、若手の柴崎岳が近づいてくる。すると本田は「岳、行け! 右空いてるだろ?」と柴崎にキッカーを譲ったのだ。

 「UAE戦で柴崎は同点ゴールを決めていたので、本田も『コイツなら決めるかも』と思ったのでしょう。そう感じたら譲れるのが本田です。一方の俊輔は、確かに、当時の本田は上り調子だったものの、自分のFKに自信があるから、譲りたくない。だから、譲らなかった。結果論ですが、あの時、俊輔が本田にFKを譲っていれば、俊輔自身の“流れ”も変わっていたかもしれませんね。あそこから、俊輔のキャリアは、下降気味になっていきましたから」(スポーツライター)

 ACミランの10番まで上り詰めた本田と、Jリーグに戻ってきたものの、悲願の優勝には届いていない中村。2人の明暗は、“性格”が分けたのかもしれない。そういえば、中田英寿も、2000年シドニー五輪のアジア予選時に、中村にFKを譲ったことがあった。その後も、長きにわたって中田が活躍したのは、言わずもがなである。
(文=TV Journal編集部)