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東日本大震災が起きた2011年3月11日から4年が経つ。どのメディアでも大きく変わっていない被災地の状況を伝える一方で、"4年"という時間の経過の重みは誰もが知るところだろう。

実際に震災に対する関心の低下は、Yahoo! JAPANの検索ボリュームにも現れているという。今回、ヤフーの3月11日に行う取り組みの責任者であるヤフー 社長室 社会貢献本部 ソーシャルアクション企画/復興支援室 プランナーの永 順太郎氏に話を伺った。

○支援を長く続けていくために

「検索だけではなく、復興デパートメント(ヤフーが提供する被災地の物販サイト)でも、復興支援を冠した商品が売れなくなっていたりします」(永氏)

ヤフーは震災直後の2011年4月に復興支援室を立ち上げた。当時と今で被災地の支援を行うという目標は変わらないが、変えていかなければならない"やるべきこと"も多々あるという。

「支援する中身を変えていいのか、変わらなきゃいけないのかということは常に考えていますし、ジレンマがあります。一つの例で言えば"復興"というキーワード。4年という歳月がたち、いつまでもこのキーワードを使っていてはダメなんだという思いもあるんです。

ただ、重要な事は『悩む前に、現地の生産者とコミュニケーションをとり、生産者が作った作物、とってきた魚をどう売ればいいか』ということ。短期的にいっぱい売れれば良いというものでもないので、生産者と密にコミュニケーションを取ることが重要な要素なのです」

ヤフーは、1人(正確には1ブラウザ)が「3.11」と検索するたびに同社が10円を寄付する「Search for 3.11」を昨年行った。今年も同じ取り組みを継続するが、ここにも"ジレンマ"がかいま見える。

「毎年同じことをやっていても仕方がないと思うんです。ですので、2013年、2014年とトップページを大々的に変更してきましたが、『面を使って大々的にやればそれでいいのか』という思いもあり、今回は『Search for 3.11』をメインコンテンツとして、トップページはあえて控え目にしています。

もちろん、トップページで大々的にやることで現地の農産物や海産物がたくさん売れるということもあるかもしれません。その一方で『売れなかった』ということもあると思います。ただ、求められるところはそこではないと思うんです。だから、演出を変えて、地道な形でも長く続けていくという気持ちで変更しました」

昨年の「Search for 3.11」では、ヤフーと接点のない著名人も多数参加(検索したというTwitter上の呟き)しており、想像以上の反応で250万人の検索、2500万円という寄付に繋がったという。

○生産者との繋がりがキーに

ヤフーの復興支援のコアは宮城県石巻市にある「ヤフー石巻復興ベース」だ。ここを拠点に、被害を受けた東北の主要3県の生産者との繋がりを深めている。

「例えば、2012年12月にオープンした復興デパートメントは、スタートが5店舗、1700商品でしたが、現在は34店舗、3082商品まで拡大しています。これは、石巻ベースで培った現地の方との関係も大いにあります。

現地の人は、ITに対してあまり明るくないことから、NPOなどが出品代行という形で関わっています。私たちも流通を整備するといった側面のサポートまで行っています」

復興デパートメントでは、様々な商品を取り扱っているが、「おやじのおまかせセット」や牡蠣を缶にぎっしり詰め込んだセットなど人気の定番商品ができつつある。こうした成功例を元に、新たな商品開発を側面から支援している。ただ、ここで問題になるのは、やはり"露出"だろう。

「『Search for 3.11』で検索をしてくださる方は多いのですが、なかなか現地の状況を伝える情報にはたどり着いていない。そこで今回は、検索から特集ページに飛べるように工夫しました。Search for 3.11応援団の平井 理央さんや佐々木 俊尚さん、箭内 道彦さんといった著名人の方に現地の方と対談していただき、交流を見ていただければと思っています。

その対談の中で私の心に残っている言葉があります。箭内さんと対談した福島県相馬市の高校生が語った

『震災があったから今がある、震災がなかったら今はない』

という言葉です。彼らは、福島の野菜を自分たちで宅配して家に届けています。どう貢献するかという意識を持つキッカケが震災だったというわけです。今後は、復興デパートメントでも取り扱おうと思っていますし、なかなかフォーカスされていない相馬を取り上げるという意味でも注目しています」

○被災地を通して地方全体の活性化を

この相馬とともに、宮城県石巻市と岩手県山田町が特集ページで取り上げられているが、相馬市と山田町はなかなか震災被災地としてスポットライトが当たらない場所でもある。

「全国的に山田町は小さい存在かもしれません。ただ、若い人たちが一生懸命やっているし、この4年間で芽吹いた生産者がいる。普通は商品数が多い都市に目を向けてしまうが、そういうところだけをピックアップすればいいという話ではない」

現地の状況を伝えることで、見えてくる未来。それは決して被災地に限った話ではないと最後に永氏は話してくれた。

「震災はどうしても風化してしまうし、忘れられてしまう。忘れるべきこともあるけれど、忘れてはいけないものも存在する。だから、こういう取り組みを通して気づいてもらえたらと思っています。

被災地の方はみんながみんな頑張っているけれど、その中でも成果を出している人の"目の付け所"を参考にしてもらうことで、何かの気付きにして欲しい。実は私たちの取り組みは昨年と大きく変わっていません。ただ、今回セレクトした人は、純粋に商売の才がある方々で、3年後、5年後を見据えているんです。

安倍首相の『地方創生』というキーワードがありますが、まさにこの点に着目し、『被災地だからできること』ではなく『他の地方でも頑張れる施策』という視点で、ほかの地域の若者や地方自治体に施策を伝えられたらと思っています」

(徳原大)