映像クリエイティヴの新拠点イスカンダルの胎動と、「キャッシュバック」戦略

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『WIRED』が主宰するCREATIVE HACK AWARD。そのグランプリと準グランプリ受賞者には、毎年、海外視察ツアーが副賞として贈られる。2014年の受賞者一行が訪れたのは、イギリスの映画スタジオと日本の映像編集会社が手を組んだ大型スタジオが存在する、マレーシアのイスカンダル地区。映像クリエイティヴの地殻変動を象徴するこの地から、受賞者たちは何を得たのだろうか?

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シンガポールのチャンギ空港からクルマを飛ばしておよそ1時間。マレーシア最南の州・ジョホールの一角に、イスカンダルという名の巨大都市が生まれつつある。

およそ13兆円にのぼる投資が予定されているこのプロジェクトは、金融、ヘルスケア、物流、ハイテクといったこれまで決して国際的競争力が強いとはいえなかった産業の基盤を、2025年までにつくり上げることになると言われている。

意外と知られていないが、マレーシアは産油国だ。潤沢な資金があるうちに、未来を担うであろう産業に先行投資するという政府主導の戦略が、イスカンダルプロジェクトを走らせているのである。

「自国の未来を担う産業」のひとつとして、マレーシア政府はクリエイティヴ産業にもスポットを当てている。その結果として2014年に操業開始したのが、今回の「CREATIVE HACK TOUR」の目的地である、パインウッド・イスカンダル・マレーシア・スタジオ(PIMS)だ。パインウッドは、『007』シリーズや『ハリー・ポッター』シリーズ、2015年公開作品でいうと『アヴェンジャーズ』や『スター・ウォーズ』の新作にも携わっている、イギリスの名門スタジオである(前回のツアーではLAを往訪。その様子はこちらの記事でも紹介している)。

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1/10パインウッド・イスカンダル・マレーシア・スタジオ(PIMS)のエントランス。

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2/10スタジオを訪れた日は、公開オーディション番組『Asia’s Got Talent』の収録日。次世代スターのパフォーマンスは、AXN Asiaを通じ世界に配信される。

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3/10映像の色味を変える「グレーディング」作業をおこなうスタジオに置かれていたのは、ワコム製ペンタブレットをカスタマイズしたワンオフのマシン。

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4/10右の男性は、グレーディング作業中のヴィジュアルスーパーヴァイザー、アンドレアス。IMAGICA以前に所属していたプロダクションでは、3年間で800本以上のCMポストプロダクションを手がけたトップクリエイターだ。

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5/10パインウッドの設立は1936年。IMAGICAの方が古い!

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6/10スタジオ関係者をつかまえては質問攻めの山岡潤一と長田淳美。

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7/104K対応の試写室にてドルビーアトモス体験を味わった感想は?

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8/10リゼル.A.ラフマーンCEOによるレクチャーは、たっぷり1時間。TVドラマ1本に9,000万ドルをかけるスケールの大きさに驚愕。

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9/104つの映画用スタジオと1つのTV用スタジオ、さらには65m×65mという大型の水中撮影用プールなどが備わっているPIMS。移動にはカートが不可欠なほど、敷地内は広大だ。

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10/10インセンティヴの受領には、150万USドル以上の予算のほかに、地元クルーを30%登用するという付帯条件もある。アジアパシフィックにおけるクリエイティヴプロダクションのハブになるためには、人材育成こそが重要だと考えているからだ。

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パインウッド・イスカンダル・マレーシア・スタジオ(PIMS)のエントランス。

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スタジオを訪れた日は、公開オーディション番組『Asia’s Got Talent』の収録日。次世代スターのパフォーマンスは、AXN Asiaを通じ世界に配信される。

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映像の色味を変える「グレーディング」作業をおこなうスタジオに置かれていたのは、ワコム製ペンタブレットをカスタマイズしたワンオフのマシン。

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右の男性は、グレーディング作業中のヴィジュアルスーパーヴァイザー、アンドレアス。IMAGICA以前に所属していたプロダクションでは、3年間で800本以上のCMポストプロダクションを手がけたトップクリエイターだ。

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パインウッドの設立は1936年。IMAGICAの方が古い!

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スタジオ関係者をつかまえては質問攻めの山岡潤一と長田淳美。

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4K対応の試写室にてドルビーアトモス体験を味わった感想は?

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リゼル.A.ラフマーンCEOによるレクチャーは、たっぷり1時間。TVドラマ1本に9,000万ドルをかけるスケールの大きさに驚愕。

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4つの映画用スタジオと1つのTV用スタジオ、さらには65m×65mという大型の水中撮影用プールなどが備わっているPIMS。移動にはカートが不可欠なほど、敷地内は広大だ。

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インセンティヴの受領には、150万USドル以上の予算のほかに、地元クルーを30%登用するという付帯条件もある。アジアパシフィックにおけるクリエイティヴプロダクションのハブになるためには、人材育成こそが重要だと考えているからだ。

まずはPIMSのリゼル・A・ラフマーンCEOに、パインウッドをマレーシアに招致した狙いを訊いた。

「ご存じないかもしれませんが、マレーシアにおける映画制作の歴史は長く、スタートは20世紀初頭にまで遡ります。ただ制作されてきたのは低予算の作品ばかりなので、産業として大きく発展することができませんでした。そこで、大きな予算と新しいテクノロジーを用いるハリウッドの案件を扱うことになれば、何よりもまず、マレーシア国内の人材育成やノウハウの蓄積につながると考えました」

元々東南アジアは、アメリカをはじめとする一大クリエイティヴ産業国のオフショアとして機能してきた。例えばロサンゼルスとマレーシアの時差は16時間。つまりLAの夕方5時はマレーシアの朝9時にあたるわけで、LAのアニメーションスタジオが帰宅前に発注した「案件」は、その後マレーシアのCGスタジオに引き継がれ、LAの翌朝には仕上がっている、という24時間体制のワークフローが周到に確立されている(日本のアニメ界もある意味“24時間体制”だが、その内実は大きく異なっているはずだ)。

従来、オフショアの中心地はタイであった。しかし、PIMSという本格的な拠点が出現したことに対する「大口顧客」の反応は、思いのほか鋭かったようだ。その証拠に2014年のオープン以来、5つほどある撮影スタジオは、常にハリウッドからの撮影隊で埋まっているという。政治的に安定していることに加え、マレーシア政府による魅力的な「インセンティヴ」が、彼らを呼び込んでいるのだとラフマーンCEOは語る。



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パインウッド・イスカンダル・マレーシア・スタジオにて「ポストプロダクション部門」を担当しているのは、日本を代表する映像会社IMAGICA。世界トップレヴェルのクリエイターが、最新鋭の映像&音響設備を用いて日々クリエイションをおこなっている。

「撮影予算が150万USドルを上回ると、マレーシア政府から30%がキャッシュバックされます。例えば昨年、Netflix制作のTVシリーズ『Marco Polo』の撮影がここで行われましたが、彼らの予算は1本当たり900万USドルでした。10本シリーズなので、トータルでは9,000万USドル。つまり彼らは、撮影後に2,700万ドルを受け取りました。予算の大きな撮影がPIMSで行われると、スタッフの宿泊費やケータリング費、あるいは機材レンタル代やクルマ代など、多くの経費が地域に落ちます。さらには先程申し上げたように、こちらは人材育成やノウハウの吸収にもなります。そう考えると、30%をキャッシュバックしても十分採算が合うんです」

予算とインセンティヴ双方の金額を聞いて、ツアー参加者の山岡潤一と長田淳美は思わず目を丸くした。山岡が尋ねる。

「日本の場合、大作映画でも予算は8億円程度だと聞きます。アメリカのTVドラマ1話分にも満たないわけです。そんな日本のクリエイティヴの現状は、マレーシアからどう見えているのでしょう?」

この問いに対するラフマーンCEOの答えは、温かくも厳しい。

「これまで、日本の作品は世界に影響を与えてきました。クロサワ映画やアニメ、あるいは『料理の鉄人』や『風雲! たけし城』といったTV番組。発想はいつだって素晴らしいんです。それだけのポテンシャルがあるにもかかわらず、最近苦しんでいるのは、自ら外に出て行こうとしないからではないでしょうか。そういった点では、ここPIMSにIMAGICAが参加してくれたことは、わたしたちとしても日本にとっても、非常に大きな意味があると思います」

IMAGICAは1935年の創業以来、フィルムの現像、CG、サウンドミックス、デジタルディストリビューション、VODヘのフォーマット変換などを主に手がける、日本を代表するポストプロダクション・カンパニーである。

このPIMSへの参加が、創業80年目にして初の海外進出となった。日本では痛感せざるをえないマーケットサイズの限界を、超えていくための挑戦でもあったとイマジカ関係者は言う。この挑戦に対しIMAGICAは、日本人がもつスピードと丁寧さ、そしてなによりもアイデアの豊富さを生かし、すでに手応えを摑んでいる様子だ。

おそらく、映像クリエイティヴにおける世界規模の「ヴァリューチェーン」に、どう食い込んでいくかという道筋を見つけたのだろう。そんな世界の一端を垣間見た2人の若きクリエイターは、どこか期するような面持ちをしていた。自ずと課していたリミッターを無理にでも外す準備が、できたのかもしれない。

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IMAGICAはなぜパインウッドと手を組んだ?
「日本とは異なるワークフローのなかに、身を置いてみたかったからです」。そう語るのは、Imagica South East AsiaのCEO野口進一(写真左。右はPIMSのリゼル.A.ラフマーンCEO/PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA)。「大きな権限と責任をもつスーパーヴァイザーをプロジェクトごとに映像と音響で1名ずつ置き、細分化されたチームを効率よくコントロールしていくのが世界の主流。ひとりの『職人』がなんでもやる日本のよさとは違ったメリットや可能性が、ここにはあると思います。そのノウハウを、ここPIMSで存分に蓄積したいと思っています」

CREATIVE HACK AWARD 2015、始動予定!

「既成概念を壊して(=ハックして)前へと進むヴィジョン」に注目し、さらには、世界と肩を並べていくためのビジネスマインドやコミュニケーション能力を引き出していく…。そんな思いを掲げ、次世代のクリエイターを開拓し、日本のクリエイティヴ産業を盛り上げるべく立ち上がったCREATIVE HACK AWARDが、今年も『WIRED』主催でまもなく始動! 2014年開催の内容および受賞作品は、こちらのページにて。

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