宇野昌磨にとって4度目の出場となる世界ジュニア選手権(エストニア)。大会前には「これまでの3回は『表彰台は絶対に無理』という状態だったので。今回は上位争いができる状況にいることに感謝して、シーズン最後でありジュニア最後の大会でもあるから、悔いが残らないような試合にしたい」と語っていた。

 その宇野が、3月6日(現地時間)のショートプログラム(SP)で、風格さえ感じさせるような演技を見せた。
 
 目標は2月の四大陸選手権ではできなかった、自分が納得できる演技だった。SPは4回転トーループがなく、本人が苦手だというルッツが入った構成だ。最初のトリプルアクセルは、高さと幅のあるジャンプで、出来ばえのGOEでは2.57点の加点をもらう完璧な出来だった。

 そこで波に乗ると、後半に入ってすぐの3回転ルッツの着氷で少し重心を後ろ側にずらしてしてしまったが、GOEでは減点なしに止め、続く3回転フリップからの連続ジャンプは完璧に決めた。それ以外でもスピンとステップはすべてレベル4と丁寧にまとめた。

 エッジを効かせた滑りは自信にあふれ、重厚感さえ感じさせた。2位に4点近い差をつけた技術点だけではなく、演技構成点でもただひとり、5項目のすべてで7点台の評価を得て、84.87点を獲得。2位のアディアン・ピトキーエフ(ロシア)に7.93点差をつける完璧な発進となったのだ。

 だが翌7日のフリーでは、思わぬ落とし穴が待っていた。
 最終組1番滑走で、SPでは5位に付けていたジン・ボーヤン(中国)が2 種類3回の4回転ジャンプを決めて156.85点を獲得。合計得点を229.70点にして、この時点でトップに立つ。一方、宇野の前のピトキーエフは冒頭 の4回転トーループで転倒した他、ふたつ目のトリプルアクセルが1回転半になったり、3回転サルコウが2回転になるミスを連発。フリー133.77点とな り、メダル圏内から脱落した。
 SP2位のピトキーエフが崩れて追い風ともいえる状態。だがその結果が出る前に演技をスタートした宇野は、4回転トーループに入る動作をしてタイミングを崩し、首を捻ってしまったのだ。
「久 しぶりにSP、フリーともに緊張していたから、滑り出してすぐに『アッ、身体がそんなに動いてないな』と感じて。それで4回転トーループを跳ぶ前にも 『ちょっと無理だな』という気持ちが出てしまい、跳ぶ手前から腰が引けてしまってとんでもない変なジャンプになってしまいました」
 ジャンプはパンク気味になり、2回転なのか、3回転のダウングレードになったのかはっきりしないものになってしまった。

 その後は2回続くトリプルアクセルを、2つ目はわずかに回転不足になりながらもダブルトーループを付けて丁寧に跳ぶと、続くシットスピンからはスピードアップ。ステップも重厚な滑りでレベル4を獲得し、その後のジャンプも確実にこなしていく。気持ちを立て直し、苦手な3回転ルッツも加点を取る出来映えにした。

 だが最後になって、冒頭の4回転トーループの失敗が2回転と判定されているか、3回転と判定されているかが問題になってきた。最後に予定されているジャンプは3回転フリップ+3回転トーループ。もし最初のジャンプが3回転に認定されていれば、2回出来る3回転ジャンプは2種類だけという制限はすでにトリプルアクセルと3回転フリップで満たしているため、3回転トーループは回数オーバーとなり、最後の連続ジャンプは0点になってしまう。

「4回転をパンクするにしても、2回転だったら別にいいけど、3回転だったらヤバいよと言われていたんです。『まあ、それはないだろうな』と思っていたけど、実際に最初の4回転でパンクしてしまって。そのあとは今の自分が何をやらなければいけないかとずっと考えながら演技をしていたけど、自分では何となく3回転になっているという気がしていたので......」

 こう語る宇野は、最後の連続ジャンプの後半を2回転トーループにした。だが、もし最初の4回転が2回転と判定されていれば、今度は2回転トーループが3回目となり、やはり最後の連続ジャンプの得点が0点になってしまう。その判定次第で順位が大きく変わる可能性が出てきたのだ。

 だが結局、最初のトーループは3回転のダウングレードと判定されていた。最後の連続ジャンプの後半を2回転にした宇野の判断が正解だったのだ。

「一番ハラハラしたのは、自分の得点が出るまででしたね。もし130点台だったら、最初のジャンプがダブルの判定になって、最後の連続ジャンプがキックアウト(ノーカウント)になっているということだから......。でも147.67点と出たから、『トリプルにとってもらえたんだ』と思ってホッとしました」

 合計得点は、ジンを2.84点上回る232.54点。その後、SP3位だった最終滑走のアレクサンダー・ペトロフ(ロシア)も転倒2回でフリー10位と大きく崩れたことで、宇野の初優勝が決まった。

「4回転の大きなミスが一番心に残っていますね。その失敗を引きずるというのではないけど、それで生まれた不安もあってすべてのジャンプが危なかったので......。もうひとつ失敗したらどうしようというのもあったし、それでも攻めなきゃというのもあって、半分半分の気持でした。ただ、3回転ルッツが練習ですごくダメだったのでダブルアクセルに変えようかとも考えてみたけど、最後のジュニアの大会だし、ここまで直してきたから跳ぼうと思ってやった。それをしっかり決められたことが良かったです」

 高橋大輔、織田信成、小塚崇彦、羽生結弦に続く、日本人5人目の世界ジュニア制覇。その優勝は単なる勝利より意味のあるものだった。狙って勝つということの苦しさを知ったし、すんなり優勝できない苦しさも味わった。それは貴重な経験になったはずだ。

「やっぱりSPでいい点が出ていたからこそ、最後のフリップ+トーループも冷静に考えてできたのだと思います。もしSPで出後れていたら。『挽回しなきゃ、挽回しなきゃ』という焦りが出てしまい、自分が何をやるべきか、冷静に考えることができなかったと思います」 

 今季は身長も伸びて男らしさも増し、ひと皮むけた感のある宇野。彼はこの世界ジュニアで再び、成長のための糧を得ることができた。

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi