キャンプ中盤、横浜DeNAのルーキー・倉本寿彦(内野手/右投左打)は「守備練習の動きでまだ慣れてないところもあるんですけど......」と前置きした上で、次のように自信をのぞかせた。

「もちろん、みんなうまいですし、『さすがプロ』というのは感じます。でも、練習と経験を積んでいけば、絶対に負けないっていう気持ちはあります」

 自らの可能性を疑うことを知らない――ここが倉本の最たる才能だろう。横浜高校時代は3年時に「1番・サード」として春夏連続して甲子園出場を果たした。1学年下には筒香嘉智(現・DeNA)がおり、夏はベスト4まで勝ち上がった。

 創価大ではショートを守り、2度のベストナインを獲得。卒業後は社会人野球の日本新薬に進み、昨年の都市対抗野球大会では「3番・ショート」としてベスト4進出に貢献した。そして秋のドラフトでDeNAから3位指名を受け、プロの世界に進んだ。

 倉本の球歴を振り返るとエリートの匂いも漂うが、横浜高校に進学した時もスカウトされたわけではなく、中学のチーム関係者を通して"売り込んだ"結果だったし、大学4年の時もプロ志望を出すも指名から漏れた。さらに、日本新薬に進んだ時も"拾われる"形で野球の道がつながった。ただ、どんな状況でも後ろを向くことはなかった。以前、倉本はこう語っていた。

「どんな時でも、やることをやっておけばなんとかなるっていう気持ちはあります。高校や大学でドラフト候補と言われている選手を見ても、確かに上手いなとは思うんですが、絶対に負けているとは思わないし、絶対に勝てるって思えるんです」

 そんな誰よりも自分の力を信じる男にとって、昨年、大きな出来事があった。それが、日本新薬で臨時コーチを務めていた門田博光との出会いだ。昨年の2月、門田が1週間、チームの練習を見る機会があり、そこで倉本は門田の教えに心酔した。

「こんなことを言うのはおこがましいんですけど、門田さんの話を聞いて、すぐにその感覚、理論が自分に合うと思ったんです」

 門田は現役時代、南海、オリックス、ダイエーの23年間で歴代3位の通算576本塁打を放った伝説のアーチスト。その一方で、"変わり者""堅物"といった評判もあり、打撃理論にも独特の考えや表現が混じる。たとえば、こんな感じだ。

「プロの世界は、コンマ何秒で勝負せなアカンのに、オープンスタンスにしとったら間に合わん。ボールをよく見たかったら、首を柔らかくしたらええんや」

「ワシらみたいな体で外国人と勝負しようと思ったら、足を上げて、体をねじって、反動をつけていかんと無理なんや」

「ええバッターというのは、打席の中でダンスするんや」

 ちなみに門田が言う「ダンス」とは、テイクバックからトップへの一連の動きを指すもので、体を柔らかく使い、ボールをしっかり呼び込む形を意味している。この門田独特の打撃理論に興味を持つ者は多くいたが、実際に取り入れるとなると躊躇するケースがほとんどだった。

 しかし、倉本は違った。昨年から打ち方を一本足打法に変え、バットも「今の選手は箸みたいなものばかり使っとる。あれではボールは飛ばん」と語る門田の考えに添い、940グラムと昨今のプロの世界では重量のあるものを使っている。その結果、高校時代は3年間で3本、大学時代は4年間で5本だった本塁打が、昨年は1年間で7本を記録した。

 キャンプ前半のフリーバッティングでは、東野峻相手に右中間、バックスクリーンと2本の本塁打を放ち、視察に来ていた他球団のスコアラーが「何で(ドラフト)3位まで残っていたのかという選手。柔らかさと力強さを備えている」「印象と違った。打球は飛ぶし、内角も捌(さば)ける」などと、驚きの声を挙げたという。

 門田は倉本に、自らの若かりし頃の姿と重ね合わせることがあるという。天理高校時代、本塁打はゼロ。しかし、「絶対にホームランを打てるようになる」と思い続けられたという。社会人に進み、猛練習に明け暮れると2年目から打球が飛びはじめた。その後、南海(現・ソフトバンク)からドラフト2位指名を受けプロ入り。しかし、そこで満足することなく、プロの世界でも「ボールを飛ばすこと」を追求していった。

 本塁打アーチストとしての完成は晩年になるが、「ホームランを打てるバッターになる」と信じつづけた思いが、プロ野球史に名を刻む大打者へと成長させた。その経験があるからこそ、倉本に大きな期待を込める。

「ワシの身長は170センチで、彼は180センチ。体つきもいいし、ワシよりワンランク上のパワーを持っている。去年、彼のスイングを見た時、『松井秀喜と一緒やないか!』という一瞬が何度かあった。化ける可能性は十分ある。あとは本人次第」

 そして、このキャンプで久しぶりに倉本のバッティングを見たのだが、一本足打法の際に上げる右足は以前よりも高くなっていた。

「今までより、もうひとつ体を使わないとプロのボールには対応できないと思って......。自分なりに考えてトレーニングしているうちに、自然と上がるようになったんです。あとはYouTubeの効果です(笑)」

 門田の現役時代の打撃フォームの動画を何度も繰り返し見て研究した。結果、足を大きく上げながらボールを呼び込む一瞬の姿に、門田のシルエットが重なるようになってきた。はたして、倉本の打撃はプロの世界で通用するのか。門田はこうエールを送る。

「清い水が流れる世界から、足の引っ張り合いもあるドロドロの世界へ入ったわけや。その中でひたすら練習して、満足することなくやり続けられるか。結果が出ても出なくても、ひたすらバットを振って、いつも「なぜ」と思えるか。どうしたらもっと強いスイングができるのか、どうしたらもっとボールを飛ばせるのか、あと半インチバットを長くしたらどうなるのか......。この気持ちを持ち続けることができれば面白くなるんやけどな」

 変化球全盛時代の今、門田理論に「?」を投げかける者もいる。しかし倉本は、「打てるショートになることが目標。それに門田さんの理論を証明したい気持ちもあります」ときっぱり。開幕スタメンも現実味を帯びてきた今、いまだ無限の可能性を秘める24歳から目が離せない。

谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro