大相撲3月場所は8日に初日を迎える。初場所では、横綱・白鵬(宮城野部屋)が大鵬を超える歴代1位の優勝33回を達成した。白鵬の強さが際立つ現状は、裏を返せば、無敵の横綱に真っ向から対抗する好敵手の不在を表している。

 初場所は18年ぶりに15日間、すべてが満員御礼となり、相撲人気の復活を印象づけた。ただ、肝心の土俵で白熱の優勝争いが展開されなければ、せっかく相撲に興味を持ち始めたファンも、すぐに離れていくだろう。緊迫感のない土俵はすぐに飽きられる。

 白鵬が新たな頂(いただき)に立った今だからこそ、春場所の焦点は「誰が白鵬を食い止めるか」に尽きる。中でも期待したいのが、稀勢の里(田子ノ浦部屋)と豪栄道(境川部屋)の2人の大関だ。

 稀勢の里は、白鵬に11勝35敗と大関以下では最も多くの白星を挙げている。豪栄道も昨年は、3場所連続で土を付けるなど、白鵬キラーとして存在感を見せてきた。折しも初場所も日本人力士が賜杯を逃し、2006年初場所で栃東(現・玉ノ井親方)が優勝してから、日本出身の力士の優勝は、丸9年も遠ざかることになってしまった。54場所ぶりの日本人優勝へ、稀勢の里と豪栄道が「打倒!白鵬」、賜杯への熱い思いを明かしてくれた。

 稀勢の里は、白鵬を倒すポイントを「下半身を徹底的に鍛えること。基本が一番大事ですね」と話す。

 17歳9か月で新十両、18歳3か月で新入幕と、ともに貴乃花に次ぐ史上2番目の年少出世を果たした男も、今年の7月で29歳を迎える。番付が上がり、年齢がベテランと言われる領域に入ると、しこ、鉄砲、すり足と言った基本的な稽古がどうしてもおろそかになる。地味な稽古ほど、肉体的にはもちろんだが精神的に辛いものはない。地道な稽古を徹底的に己に言い聞かせ、課すことで、体だけでなく心も鍛え直そうと稀勢の里は考えているのだ。

 11勝4敗で終わった先場所は「自分がやりたいことが、少しずつやれるようになってきた」と振り返る。本人は具体的には明かさなかったが、得意の左からのおっつけ、差しに加え、課題だった攻めの遅かった右からの上手の引きつけが素早くなった点に、手応えを感じているのだろう。

 問題はやはり「心」だ。13日目に取り直しの末に白鵬に敗れた一番はともかく、痛恨の一番が千秋楽の横綱・日馬富士(伊勢ヶ浜部屋)戦だ。立ち合いで棒立ちになって、そのまま一方的に敗れてしまった。まるで稽古場で幕下の力士が横綱に吹っ飛ばされるような内容に、取組後、本人も「どうしてあんな相撲を取ったのか分からない」と絶句した。

 しばらくの沈黙の後、「15日間の中で、集中できない日もあるんです」と絞り出した。13日目に白鵬の優勝が決まり、心にスキが生まれたのだろう。そんな精神面の弱さが、あの千秋楽にすべて出てしまった象徴的な一番だった。

 最近では碧山(あおいやま/田子ノ浦部屋)に立て続けに負けるなど、前半戦に取りこぼしが目立つ。苦手な相手になると緊張するのか、意識しすぎるのか、控えからまばたきが異常に多くなる。かつて白鵬は「稀勢の里は、気持ちが顔に出るからね」と評したことがある。目をパチパチする姿を見れば「固くなっているな」と見透かされ、勝負の前に白鵬に優位に立たれてしまっている。そんな集中できない日をなくすためにも、稽古場から地道な、しこなどの基本を繰り返すことで白鵬の独走を食い止め、悲願の初優勝を果たそうとしているのだ。

 一方の豪栄道は、稀勢の里以上に現状は深刻だ。昨年7月場所で大関昇進を決めたが、新大関として臨んだ9月場所は8勝7敗。続く11月場所では5勝10敗と信じられない大敗を喫し、昇進3場所目で早くもカド番に追い込まれた。

 初場所も12日目を終えて5勝7敗と崖っぷちに追い込まれたが、13日目から何とか3連勝して8勝7敗で関脇陥落は免れた。大関としての3場所を振り返り「今までは勝ってやろう!と思って土俵に上がっていましたが、大関になってからは勝たなくてはいけない、という気持ちになってしまった。考え方が攻めから守りに変わってしまっているんです」と心の内を正直に明かしてくれた。

 気持ちが守りに入ると、相手の取り口ばかりを考えてしまうという。右四つからの左前回しという必殺の型を持ちながら「相手の特徴や攻め方を考えて、それをどう封じるかばかりに頭が行ってしまうんです」と明かす。

 小学1年から相撲を始め、わんぱく横綱に輝き、埼玉栄高時代には高校横綱に就いた豪栄道は、他の多くの力士も認めるように相撲の天才。プライベート時間でも、昔の名力士のビデオを見るのが趣味で、技への研究と分析には長(た)けている。そんな明晰な頭脳を持つ男だからこそ、相手の取り口に合わせた攻め手を数多く見つけてしまうのだ。

「相手を気にせず自分の攻めに徹すること。そこに行き着かないとダメなんです」と繰り返しつぶやいた。

 苦しい状況を打破するために、稽古での申し合いも工夫している。「あえて相手に攻めさせて、自分にとって苦しい状況を作るようにしています」と打ち明けた。稽古場からこれまで以上に本場所での相撲を考えた状況を敢えて作り出し、そこからいかに攻めるかを体に染みこませているというのだ。幸い境川部屋には、低い立ち合いが特徴の小結・妙義龍、一気の突き押しが得意の豊響、多彩な技を持つ佐田の海など特徴のある関取衆がいる。こと欠かない稽古相手に胸を出しながら、豪栄道は自分から攻める形を今、必死でつかもうとしている。

 3横綱、3大関時代の今。全員がそれぞれ部屋が違うだけに、15日間のうち5日間は横綱、大関戦になる。賜杯を抱くには、厳しい番付だ。ただ、かつて今と同じ3横綱、3大関時代(※)の1983年初場所で、大関で優勝した元大関・琴風の尾車親方はこう話す。
※北の湖、千代の富士、若乃花(この場所中に引退)の3横綱と隆の里、若島津、琴風の3大関

「今、振り返れば、大変な番付だったと思いますが、やっている時は、そんなことは考えていませんでした。なせなら、この番付が当たり前のことだと思っていましたから。上に3人も横綱がいるという意識よりも、自分の相撲を取りきって、後はなるようになれ、ぐらいの気持ちで土俵に上がっていました」。

 そして、今の大関陣へエールを送った。

「私は、大関は10勝して勝ち越しだと思っていました。8勝して安心するなんてことはなかったですね。だから、常に目標は高く持って欲しい。人に言ったら笑われるかもしれませんが、自分の胸の中では"白鵬の優勝回数をオレが抜いてやる"ぐらいの目標を掲げてもいいと思う。現状に甘んじてはいけない。チャレンジャー精神でぶつかってもらいたい」。

 浪速の春、稀勢の里と豪栄道の挑戦者魂を見せてもらいたい。

福留崇広●文 text by Fukutome Takahiro