過激で哲学的、史上最高。ブロムカンプ監督のロボット映画『チャッピー』

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『第9地区』が話題になったブロムカンプ監督の最新作『チャッピー』をレヴュー。成長するロボット警官を通して、精神と肉体という哲学的な問題にラディカルに切り込んだ作品だ。

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チャッピー』(日本では5月公開)は、『アンドリューNDR114』(アイザック・アシモフのロボットSFをベースにした映画)と『パシフィック・リム』をなんとかしてミックスさせたようなSF映画だ。

巨額の予算を掛けたロボットの大規模な戦闘があるかと思えば、エンジニアがロボットに絵の描き方を教えようとするひたむきなシーンもある。この作品が存在すること自体がいわば奇跡だ。そして、こうした作品をつくれるのはニール・ブロムカンプ監督しかいない。

ブロムカンプ監督は、現代の最もユニークなSF映画監督のひとりだ。同監督初の長編映画『第9地区』を観れば、エイリアンが登場する冒険映画の舞台として、彼の故郷であるヨハネスブルグのスラム街が選ばれた理由が容易にわかるだろう。うまくデザインされたエイリアンと、素晴らしいアクションに、驚くほど強烈なアパルトヘイトの寓喩が組み合わされており、このジャンルの映画としてはここ数年で最も高く評価されている作品だ。

ただ、同監督による2作目の長編映画『エリジウム』は、巨額予算に溺れたところはあるかもしれない。それはちょうど、彼の師であるピーター・ジャクソン監督(『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで有名、第9地区のプロデューサーも務めた)の後期作品と同様だ。

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だが今回の作品で同監督は、自らの個性をうまく発揮している。『チャッピー』は、CGのロボットをテーマにした巨額予算を掛けた映画に可能な範囲ではあるものの、監督の個人的なヴィジョンにできるかぎり迫っている。そして、心と身体を異質なふたつの実体と考える心身二元論を、ポップカルチャーなかたちで最もラディカルに表現した作品のひとつになった(心身二元論を追求した作品としては、ジョニー・デップ主演の『トランセンデンス』もあるが、成功した作品とは言いがたい。映画が描く世界の背景となった「シンギュラリティ」については、こちらの記事が詳しい)。

本作の風変わりな予告編は有名になった(日本語版記事)通りで、予告編の記憶から、この映画がどんなテンポで進んでいくのか、書き出せる人も多いのではないだろうか。故障したロボット警官が、良心的な科学者(デーヴ・パテル)によって感覚を与えられ、思考力をもつようになる(ロボット警官のチャッピーは、アニメ映画『アイアン・ジャイアント』の巨大ロボットを思わせる、愛らしい子どものように振る舞う)。

爆発シーンもある。だが、爆発シーンが好きな映画監督にしては(ブロムカンプ監督が、爆発シーンを多用するマイケル・ベイ監督の大ファンであることはよく話題にされている)、ブロムカンプ監督は、意識の本質についても真剣に考えているようだ。その考えの多くは、『チャッピー』の第3幕で明らかになる。(ネタバレを回避するために)基本的な話にとどめると、感覚とは、捉えどころのない「エネルギー」に由来するものであり、そのエネルギーとは、驚くほど簡単に転移できるというストーリーが展開する。

これは、単純に見えるものの、扱いにくい哲学的問題だ。「わたしたち」とは、肉体から別に存在する何ものかなのか? わたしたちの「自我」は、わたしたちの脳とは違うものなのか?

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こうした哲学的疑問は、古代ギリシャの哲学者プラトンの時代にまで遡るが(プラトンの中期対話篇『パイドロス』は、霊魂の不滅性について長々と説いている)、この問題に関して最も有名な人物は、フランスの哲学者ルネ・デカルトだ。デカルト派の心身二元論は、チャッピーと同様に、精神と肉体は完全に分離しているとし、それぞれを独立した「実体」とした。

これに対して、デカルトの説に異を唱えた思想家たちもいる。ドイツのフリードリヒ・ニーチェは繰り返し、人の身体性を強調した。ニーチェによると、「精神」を肉体とは異なるものと考えるのは筋が通らないだけでなく、自分自身をそんな風に思い描くのは実存的な誤りだという。

こうした論争を単に思弁的な問題として片づける人もいるかもしれない。しかし現代社会でも、同性愛者やトランスジェンダーの人権といったアイデンティティ問題については特に、こうした思想の影響がリアルに及んでいる。ジェンダー的なアイデンティティーと生理学的な性別の相違に関する「パフォーマティヴィティー」(行為遂行性)という概念は、トランスジェンダー問題を理解するカギとなっているのだが、これは(精神は身体に規定されないという意味で、)デカルト派的な思想を示唆するところがある。

『チャッピー』は、数世紀にわたるこうした思想史を取りあげてミサイルで攻撃しつつ、肉体と精神(あるいは魂、あるいは魂に似た何ものか)がモジュール化され、外界適応性をもつようになるような未来世界をつくり上げている。

モーションキャプチャとCGを用いた演技は、史上最高の部類に入るだろう(『猿の惑星』シリーズなどで有名になったモーションアクター、アンディ・サーキスが起用されていない映画のなかでは、という意味だが)。外見を取り繕った幹部役のシガニー・ウィーバーや、マレットヘアでシャツの裾をカーキ色のズボンに入れたダサい姿のヒュー・ジャックマンのほか、南アフリカのヒップホップグループ「ダイ・アントワード」のニンジャとヨーランディ・ヴィッサーが、少し脚色されてガンマニアになった本人役で登場する。

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