アギーレ解任が発表されて1か月が経過。世の中の関心はいま、ハリルホジッチに落ち着きそうな新監督探しの行方に向いている。欧州から帰国した霜田技術委員長が「もうすぐ報告できるかもしれない」と、述べると、テレビの各スポーツニュースは、交渉は順調に進んでいる様子だと一斉に伝えた。

 今月末に行われる親善試合(ウズベキスタン戦、チュニジア戦)を、新監督で迎えられれば、めでたし、めでたしとばかり、サッカー界はいま、少しばかり浮かれたムードに包まれている。

 ベスト8に終わった先のアジアカップの不出来は、すっかり忘れ去られようとしている。アギーレジャパンのサッカーは何が良くて何が悪かったのか。浮き彫りになった日本サッカーの新たな課題は何なのか。その反省検証はまるでされていない。ザックジャパンの時と、まったく同じ道を歩もうとしている。暗い過去を忘れ、明るい未来を求めようと、みんなで先を急ごうとしている。

 そもそも解せないのは、アギーレの退任記者会見が行われていないことだ。解任発表の記者会見が行われたその数日前、彼はスペインに発っていった。名目は確か、バカンスだった。以降、日本に戻ってきたという話は聞いていない。つい数日前まで、日本のサッカー界の中心にいた人物、会見場で主役を務めた人物が、まさに忽然と姿を消してしまった。そういう感じだ。

 大仁会長の声明には、アギーレが八百長に関与したという事実は把握していないーーと、解任が円満な解決方法であるかのように記されていた。だとすれば、協会はなぜ退任会見の場を設けようとしないのか。話す機会を彼に与えようとしないのか。不自然すぎる。

 下手なことを話されたらマズイと思ったのだろうか。結局、臭いものに蓋をした。改めて、大仁会長の言葉が、嘘臭いものに感じる。体面を気にするスポンサーに配慮した解任劇であることを、容易にうかがい知ることができる。

 それって正しいことなのか。

 アギーレは半年間、日本サッカーと向き合って、どんな印象を持ったのだろうか。課題はどこにあって、それをどう正していけば、道は開けると感じたか。せめてそれぐらいの話は聞きたかった。と言うか、語らせるべきだった。それがけじめというものだと思う。

 新監督の誕生は、それはそれで喜ばしいことだ。しかし、この状態で先に進めば、ブラジルW杯以降の数か月は無意味なものになる。そこで積んだ財産は蓄積しない。日本のサッカーはどうすれば強くなるのかという議論は深まっていかないのだ。

 外国人の代表監督は、契約期間が過ぎれば、日本を去っていく。日本に留まり、日本のサッカーに世話を焼こうとはしない。代表監督が誰であれ、日本のサッカーについて、常に考えていなければならないのは、他でもない日本人だ。

 そしてそれこそが、次の代表監督探しのテーマになる。

 現在、日本サッカー協会が追求しているテーマは何なのか。原専務理事、霜田技術委員長の描いている青写真は、どのようなものなのか。

 南アW杯後に行われた代表監督探しのテーマは、攻撃的なサッカーだった。ここのところはハッキリしていた。日本サッカー界が、代表監督をある目的に基づき探し出した最初のケースでもあった。近場の人材に頼ろうとしたそれまでとは一線を画していた。それはそれで評価できたが、4年後、その結果を受けて、原専務理事は「方向性は間違っていなかった」と述べるに留まった。せっかくテーマを掲げたにもかかわらず、反省検証を曖昧にした。

 ブラジルW杯後、アギーレに辿り着いた新監督探しでは、テーマについての説明がなかった。より今日的な攻撃的サッカーとは、アギーレという人物の過去から、こちらが勝手に推測したものだが、その結果はどうだったのか。それを受けて何をテーマに、今回の監督探しを始めたのか。

 その辺りについて、原専務理事、霜田技術委員長は説明をしていない。できれば話したくないと考えているのかもしれない。少なくとも原専務理事からは、南アW杯後に見せたような明快さは失われている。「方向性は間違っていない」という、例の曖昧な言葉を聞かされると、守り、保身に走っているような気になるのだ。もし新監督が、そのテーマから外れたサッカーをすれば、突っ込まれるのがオチ。結果が出なかったとき、責任は代表監督だけのものではなくなるからだ。

 それは日本サッカー界をリードする人に相応しい振る舞いではない。

 ハリルホジッチとは? を探るのもいいが、その前に我々が考えるべきは、日本サッカーの現状だ。自分たちの姿だ。そこのところを的確につかんでいなければ、足りない要素、求めるべき要素も見えてこない。何を求め、どんな監督が来て、どんな結果を残したか。代表監督が交代する度に、この作業を繰り返していかなければ、日本サッカーは進歩しない。監督探しをメディア、ファンが、受け身の立場で眺めている現状に、僕は大いに不満を感じている。