ひと駅コラム「それ、気になってました」 (17)

 3月2日、男子テニスの最新世界ランキングが発表され、メキシコ・オープンで準優勝した錦織圭が前週の5位から自己最高の4位に浮上した。1位はノバク・ジョコビッチ(セルビア)、2位はロジャー・フェデラー(スイス)、3位はラファエル・ナダル(スペイン)。「ビッグ4」の一角を担っていたアンディ・マリー(イギリス)が5位となり、今シーズンは成長著しい錦織がその牙城を崩しつつある。

 男子テニスで世界ランキングの現行制度が導入されたのは1973年(女子は1975年)。それ以降、日本人選手が世界4位となったのは、1995年の伊達公子(当時)以来だ。

 今からちょうど20年前、伊達は世界のトッププレイヤーと互角に渡り合い、女子テニス界にその名を轟(とどろ)かせていた。伊達が初めて世界4位となったのは、1995年11月13日。このとき、世界ランキング1位に君臨していたのは、女王シュテフィ・グラフ(ドイツ)だ。1995年のグラフは全仏オープン、ウインブルドン、全米オープンと3つのグランドスラムを制している。

 2位のポジションにいたのは、コンチタ・マルティネス(スペイン)。1995年はすべてのグランドスラムで準決勝に進出し、自己最高位まで登りつめていた。そして3位は、アランチャ・サンチェス・ビカリオ(スペイン)。その年の2月に初めて世界1位になるものの、全豪オープン、全仏オープン、ウインブルドンとグランドスラムを3大会連続して準優勝に終わり、3番手に甘んじていた。

 伊達が世界4位をキープしていた1995年12月31日まで、上位3人の順位に変動はなかった。ただ、当時のランキングにはもうひとり、1位のポジションに名前が記されている。それは、モニカ・セレシュ(アメリカ)である。1993年4月、当時世界1位だったセレシュは試合中に背中をファンに刺され、長らくコートから遠ざかることになった。だが、「暫定世界1位」という措置が採られたため、1995年8月に復帰した後もしばらくはグラフと並んで1位の座に君臨していた。

スポルティーバ編集部●文 text by Sportiva