奇跡である。被災地の「ラグビーのまち」にラグビー2019年ワールドカップ(W杯)がやってくる。なぜ、岩手県釜石市がW杯開催地に選ばれたのか。大会を成功させるための課題は何なのだろうか。

「カッマイシ〜!カッマイシ〜!」。2日夜、釜石市鵜住居(うのすまい)の新スタジアム予定地そばの老舗旅館『宝来館』では、約100人の市民の"釜石コール"が沸き上がった。小学生たちも小さな大漁旗を打ち振りながら、小躍りする。歓喜の爆発。市民とほぼ同じ数のメディアの多さが、「釜石決定」の話題性の大きさを印象付ける。

 地元住民らによる誘致推進会議代表の中田義仁さんは声を張り上げた。

「震災でほんと、私たちは、いろんなものを失ってしまいました。その中で、ワールドカップを開こうとがんばってきた。釜石は"ラグビーのまち"だ。このまちでワールドカップを開催することが、震災からの復興を加速させ、未来につながると確信しています」

 震災直後、突如、この夢物語が湧き出てきた。壮大なる挑戦は時間が経つごとに現実味を帯びてきた。たしかに「生活が先。まだワールドカップどころじゃない」との反対する被災者の声もあった。実際、約2千人の市民がいまだ仮設住宅に住む。

 だが、生きるためには希望がいる。そのひとつがW杯招致だった。釜石決定の直後、このW杯招致を推進してきた釜石シーウェイブス(SW)事務局の浜登(はまと)寿雄さんは泣きながら、「ありがとう」を繰り返した。その5文字に万感の思いを込める。

 浜登さんは津波で家を流され、両親と妻、三女を亡くした。こう、コトバを足した。

「ありがとうございます。いろんな人に感謝したいと思います。ようやくスタートラインに立った......。というのは、建て前で、やっぱりここまでいろんなことがあったので......。絶対、成功させなきゃ、そうじゃなきゃ、亡くなった人は浮かばれないし、釜石でやる意味がなくなってしまう。釜石でしかできないワールドカップというものを成功させたい」

 まだ釜石にはW杯用のスタジアムがない。財源もない。アクセスや宿舎など、環境も悪い。なのに、なぜ人口約3万6千の地方都市、釜石が選ばれたのか。誤解を恐れずにいえば、まずは被災地だったからだろう。「被災地に希望を」「子どもたちに夢を」という招致関係者の熱意と努力があったからである。

 スタジアムの後利用も考えた「身の丈」に合う綿密な計画も戦略もあった。ワールド・ラグビー側の釜石視察の際、招致関係者は「ラグビー」を前面に出し、好印象を得ようと、英国人好みのサンドイッチのパンの厚さにまでこだわった。必死だったのである。

 もちろん、30年ほど前、前人未到の日本選手権7連覇を果たした"北の鉄人"新日鉄釜石の好イメージはある。まちの盛り上がりを考えれば、その流れを汲む釜石SWの上昇傾向も大きかった。ラグビーのまち・釜石ファンが、有力な政治関係者を含め、全国各地に多いというのも無関係ではあるまい。

 だが、課題は山積している。予定通り、新スタジアムが、W杯の1年前となる2018年秋には完成できるのか。総工費約27億円といわれる経費は大丈夫なのか。釜石市だけでなく、岩手県の支援、国からの補助金、スポンサー集めなど、やらなければいけないことは多々、ある。

「スタジアムは大丈夫ですか?」とストレートな質問を記者会見でぶつければ、釜石市の野田武則市長は「完成しないと、(試合が)できませんから」と苦笑した。喜びも控えめだったのは、被災地の複雑な市民感情や財源確保などの苦労を思ってのことだろう。

 同市長はこう、続けた。「まずは選手のみなさんが、釜石で思い切って試合ができるような"おもてなし"作りと環境整備を進めていきたい。全世界のみなさんに、我々の取り組む姿と、復興した釜石の姿を見てもらいたいのです」

 また、大会を成功に導くためには、鉄道や道路などアクセスの整備、練習会場、宿舎の確保、ボランティアの育成、市民のホスピタリティの醸成などもある。少なくとも2019年までには、釜石SWのトップリーグ昇格を果たしておきたい。

 もっとも、何より大事なのは、W杯を契機とし、どんな新しい釜石を創っていくかということだ。恐らく被災者の多くが心配しているのは、W杯準備が進む中、自分たちが置いてきぼりにされるということではないか。だから、この釜石決定が子どもたちに夢を抱かせ、復興を加速させることにつながらないといけない。

 さらにいえば、釜石だけでなく、岩手県の他の自治体も絡めていったほうがいい。釜石と連係しながらの、ラグビーW杯のキャンプ地、あるいはW杯翌年の2020年東京五輪パラリンピックの事前キャンプ地の誘致も検討対象となろう。

 プレイベントとして、女子ラグビーや7人制ラグビー、他のスポーツの大会誘致があってもいい。2016年には岩手県の『希望郷いわて国体』も開催される。要はスポーツを通じて、どう、まちを活性化させていくのか。

 目標は30年後、50年後のまち作りである。ラグビーW杯開催は、そのきっかけなのである。どうスクラムを組むか。この朗報が、キックオフの合図である。

松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu