筧千佐子被告の主な結婚・交際歴(写真=共同通信社)

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1人の女性の周囲で、不審死が相次ぐ。近年、そんな事件が相次いだ。逮捕された被告たちは、見るからに悪人だとか美人というわけではない。ごく普通に見える女性が、平然と人を殺し続けたのか。精神科医、犯罪心理学者、『後妻業』著者で直木賞作家の3人に話を聞いた。

■手を血で汚さず発覚もしにくい方法

筧千佐子、角田美代子、木嶋佳苗、女性3人の連続殺人容疑が事実ならば、共通しているのは、直木賞作家の黒川博行氏がいうように、自分の手を血で汚さない点だ。青酸化合物の投与、練炭による一酸化炭素中毒、そして殺人教唆である。こうした方法だと事件がなかなか表面化せず、捜査自体も難しいという。

「特に毒殺の場合、検視官が見て事故死として扱ってしまうと、遺体はすぐに火葬されてしまうので証拠が残らない。しかも、東京などの大都市圏以外では、専門家でない医師が遺体を検案する。立件はおろか、犯罪性すら見逃され、闇から闇に葬り去られてしまうことも少なくない」

法政大学の越智啓太教授がこう話すように、毒殺は直接的な証拠がない限り、極めて捕まりにくい殺害方法なのである。筧被告は、事件発覚から逮捕まで11カ月を要した。また、木嶋被告は練炭とコンロという状況証拠をもとに逮捕されている。

筧、木嶋両被告の事件について見ていくと、資産を取られた被害者男性には、いくつかの共通項がある。筧被告のほうは、妻に先立たれた裕福な高齢男性。しかし、ある意味では孤独な独居生活を強いられている老人。木嶋被告のほうでいえば、婚活サイトにアクセスしてきた大出嘉之さん(当時41歳)や寺田隆夫さん(当時53歳)は、いずれも結婚歴がなく、女性経験は豊富とはいえなかったようだ。たぶん、一般のつき合いもそれほど多くはなく、それなりの金銭的な蓄えもあった。

このようにして被害者になってしまった男性たちと、彼らをあらゆる手練手管で翻弄する後妻業的な女性。その男と女の関係というのは、どんな形で進行し、悲劇的な結末を迎えるのだろうか……。

国際医療福祉大学大学院教授で、精神科医でもある和田秀樹氏は、そのあまりにもいびつな関係を特異な恋愛と見る。つまり、被害者が筧被告や木嶋被告に籠絡され、正常な認知行動を失っていると説明する。

「男女関係の怖いところは、通常の判断力を狂わせてしまうこと。恋愛は相思相愛が幸せな状態なのだが、一方がのめり込んでしまい、そこにもう一方のしたたかな計算が働くと、この2つのケースのようになることもある。まして、最初から資産目的なら、好きになったほうが負けだ」

いずれのケースも、知り合って間もなく、何の疑いも持たず、いとも簡単に金銭を巻き上げられている。2人の容姿を見ても、お世辞にも男性が一目惚れするタイプではない。木嶋は肥満タイプ、筧は小奇麗にはしていても老女である。

■「騙されていても構わない」という心境

和田教授は「ただ、人間というのは、長年連れ添った伴侶を失ったばかりとか長年独身で寂寥感に苦しんでいると、やさしくしてくれる相手に引き寄せられてしまう。実は、そんな人は世の中にうなるほどいると思う。置かれた境遇によって人間の心理や認知構造は変わってしまう」と話す。

筧被告と木嶋被告は、そこを実に巧みに突いているわけだ。メールでの楽しい会話、男性宅に通っての手料理、それに加えてセックスなど、たちまちのうちに男性を虜にしてしまうだろう。こうなるともう、男性には歯止めがかからない。女性の言いなりになってしまうはずだ。

あるいは、彼女たちと一緒にいて、途中からは騙されていると気づいた被害者もいたのではないか……。だが、彼らは、それでもかまわないという心境になってしまったのだろうと黒川氏は指摘する。

「たとえ不美人でも寄ってきたら『はい、はい』と何でも聞いてしまうような緩さが男には体質的にある。筧被告の場合、身の回りの世話をどこまでしたかわからないが、そうした状況になると、多少財産はかすめ取られてもいいと考えても仕方ない」

ここに、後妻業や婚活詐欺の怖さがあるといっていい。被害男性も、それなりの社会経験はしてきたはずだ。もう女性には縁はないと思っているところへ積極的に近づいてくる。なにが目的なのかと疑うぐらいの冷静さはあってもいい。しかし、そんな被害者たちの壁は簡単に崩されている。

では世の中の男性は、筧被告と木嶋被告のような女性にどう対処すればいいのか、いかに自分の資産と生命を守ればいいのかを考えてみたい。オーソドックスな方法を越智教授が語る。

「特に高齢の男性に伝えたいことは、若い女性にコロコロとついていかないこと。何より自分がそんなにもてるわけがないということを自覚しておいたほうが無難だ。そう思っていれば、自制も働く」

■騙されやすいのは疑い深い頭の良い人

ユニークなのが和田教授の勧める対処法。常日頃から「人を見たら泥棒と思え」というより「渡る世間に鬼はなし」と考える人のほうが、他人に騙されにくいという逆転の発想ともいうべきものだ。

「他人を泥棒と見る人は、騙されるまでの防御の壁は厚いかもしれないが、いったん入られるとズルズルといってしまう。ところが、基本的に相手を疑ってかからない人のほうが、怪しい変化に気づきやすい。だから、人との交際範囲は広くしておいて、何か不審なそぶりを感じたら警戒すればいい」

厳しいのは、黒川氏の見解。騙されない秘訣などはないし、狙われたら絶対に逃れられないと断言する。とりわけ一人暮らしの老人は、体が弱ると、精神ももろくなり、強烈な犯意を持った女性には、とても太刀打ちできないというのだ。

「ただし、公正証書を書かせようとしたなら断固とした態度を取るべきだ。その意味でも、息子や娘などの家族とは同居は難しいにしても、近くにはいたほうがいい。そうすれば、父親の変化にも気づいてくれる可能性は高くなると思う」

とはいえ、角田元被告のように、恐怖により、家族全体を異常な心理状態に追い込み、マインドコントロールする者もいる。今回取り上げた事件は氷山の一角でしかない。しかも、一連の報道が事件への警鐘を鳴らすと同時に、犯罪予備軍への認知に働いてしまった可能性も否定できない。ありふれた言い方だが、自分の身は自分で守っていくしかないのだ。(文中敬称略)

(岡村繁雄=文 共同通信社、AFLO=写真)