昨年9月のアジア大会を機に中島は“原点”に立ち返った。 (C)
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 2月14日、U-22日本代表のシンガポール遠征でのことだ。メインスタンドにはアルビレックス新潟シンガポールの選手、家族、友人たちが陣取っていた。彼らが声援を送っていたのは、アルビレックス新潟に所属する鈴木武蔵だった。
 
 ところが、試合が進むにつれて、彼らは鈴木のやや後方でプレーする小柄な選手に心を奪われるようになる。
 
「あの10番、めちゃくちゃ上手くねぇ?」
 
「ヤバイ、あの10番、相当上手い!」
 
 そんな驚きとも、賞賛とも取れる声が聞こえてくる。
 
 彼らの目を釘付けにしたのは、チームの立ち上げ当初からエースナンバーを背負う、FC東京の中島翔哉だった。
 
 東京ヴェルディユースに所属していた高校2年の11年にU-17ワールドカップに出場した。翌12年には高校3年でトップチームに2種登録され、J2デビュー。その試合でいきなりゴールを奪うと、18歳59日で迎えた5試合目に3ゴールを叩き込み、Jリーグ最年少ハットトリック記録も樹立した。
 
 かねてより世代屈指のテクニシャンとの呼び声も高い選手だ。繊細なボールさばきと、狭いスペースにもドリブルで割って入っていく果敢さを併せ持つ。遊び心も持ち合わせていて、164センチの中島が大柄なDFを翻弄する様子は見ていて痛快だ。
 
 14年にはFC東京に加入し、期限付き移籍したカターレ富山で出場経験を積むと、夏にFC東京に呼び戻され、J1デビューも果たした。
「翔哉は素晴らしい才能の持ち主だ。このまま努力を怠らなければ、出場チャンスはもっと増えるだろう」
 
 マッシモ・フィッカデンティ監督からの評価も高く、新シーズンのブレイクが期待されている。
 
 そんな中島に転機が訪れたのは、昨年9月のアジア大会でのことだった。
 
 この頃の中島は、ワールドカップ優勝、バロンドール受賞、大会のベストプレーヤー、得点王といった壮大な目標を口にし、そのたびに周囲を驚かせていた。それは、リップサービスでもビッグマウスでもなく、ただ純粋にサッカーが上手くなりたい、もっともっと上のレベルに駆け上がりたいという気持ちの強さゆえの発言だった。
 
 ところが、真意とは違うように受け取られて記事にされ、ちょっとした騒動に巻き込まれてしまったのだ。
 
 そんなとき、お世話になっている恩師や先輩から忠告された。
 
「そもそも運や他人ありきの目標を立てるのは、それこそブレてるんじゃないか?」
 
 ワールドカップ優勝やバロンドール受賞、大会のベストプレーヤー、得点王といった目標は他人の評価だったり、時の運だったりに左右されるもの。それありきで目標を立てるのは間違っているとの指摘だった。
 
「たしかにそうだなって。自分個人として考えた時、自分の思い描いたプレーをする。どんな時も楽しんでサッカーをする、それを可能にするための実力を付けることが、まずなによりも大事なことだなって。目標設定の仕方が間違っていたことに気づかされました」
 
 他人の評価や結果は、あとから付いてくるもの。だからまずは自分が本当に納得いくプレーをすることを目指す。その境地には一生たどりつけないかもしれないが、それを目指し続けるスタンスが大事だということを学び、「サッカーを楽しむ」という原点に立ち返った。
 

 
 霜田正浩技術委員長から「翔哉はA代表の選手より優れている部分があるから、自信を持ってやればいい」という言葉を掛けられたのも、その頃のことだ。
 
「世界の舞台を見てきた人にそう言ってもらえたのはすごく自信になりましたね。あと、『点を取れる時にしっかり取ろう、もっと頭を使ってサッカーをしよう』とも言われて、すごく意識するようになった。僕も絶対に日本代表に入りたいから頑張ろうって思いました」