2016年8月、ブラジル・リオデジャネイロにて第31回夏季オリンピックが開催される。リオデジャネイロオリンピンッグまで残り1年5ヵ月となった今、女子アスリートとして史上初のオリンピック4連覇に挑む吉田沙保里(女子53キロ級/ALSOK所属)は、どんな準備を行なっているのか――。歴史的偉業への決意を聞いてみた。

■吉田沙保里インタビュー(前編)

―― リオデジャネイロオリンピックまで、残り1年半を切りました。

吉田沙保里(以下、吉田):ロンドンオリンピックからあっという間でしたね。

―― オリンピックの前年というのは、どんな感じですか?

吉田:オリンピックに向けた戦いは、もうすでに始まっています。昨年12月末に行なわれた天皇杯全日本選手権が、国内における第1次予選会でした。そこで優勝できたので、次は今年6月に行なわれる明治杯全日本選抜選手権を制して、9月にアメリカ・ラスベガスで開催される世界選手権の日本代表になること。そして、世界選手権でも優勝して、オリンピックと合わせて世界大会16連覇を達成し、リオデジャネイロオリンピックの出場権を獲得すること。それが今の目標です。

―― 9月の世界選手権で5位以内に入れば、国にその階級の出場権が与えられます。そして、3位以内に入った選手には、その後の全日本選手権に出場した時点で日本レスリング協会からオリンピック代表に内定されるわけですよね?

吉田:はい。世界選手権でメダル(3位以内)を獲得すれば、ケガさえせずに全日本選手権に出場するだけでオリンピック代表になれるので、1発で確実に(内定を)決めたいですね。そうすれば、余裕を持ってオリンピックに向けて準備できますから。

―― 代表に選ばれれば4度目のオリンピックとなりますが、これまでと比べると?

吉田:初めてのアテネのときはイケイケ。北京のときは五輪半年前に負けて、連勝記録(公式戦119連勝)は途切れましたが、負けたことで多くのことを学び、さらに強くなって万全の態勢で臨むことができました。ロンドンのときも大会2ヵ月前に負けて、それを糧(かて)に強くなった一方、直前までいろいろ悩むこともありましたが、おかげさまで3連覇することができました。今回のリオでの戦いはもっと厳しくなるでしょうし、自分にとっての意味もまったく違ってくると思います。

―― 金メダルを獲得した後、アテネや北京、ロンドンでは心境も違っていたようですね。

吉田:アテネや北京のときは、表彰台から降りてきてすぐに、「4年後の北京オリンピックで2連覇します!」、「ロンドンで日本女子選手初のオリンピック3連覇します!」と宣言しましたけど......。さすがに私も年齢を重ね、29歳10ヵ月で迎えた3度目のオリンピックの後は、4年後に行なわれるリオデジャネイロオリンピックに想いを馳せることはできませんでした。

―― リオを意識するようになったのは、いつごろからですか?

吉田:ロンドンから帰国して1ヵ月後、カナダのストラスコナカウンティで開かれた世界選手権に出場して世界大会13連覇を達成し、ずっと目標にしてきたアレクサンドル・カレリン(ロシア)の記録を抜くことができて、国民栄誉賞をいただいたころですかね。4年後に向けて自分の中で決意が固まり、「リオでも金!」と、心から誓うことができたのは......。

―― 吉田選手はかねがね、「夢は大きく口にしたほうがいい」と言われていますが。

吉田:それはもう、子どものころからずっと有言実行型。目標は隠さずみんなに告げて、自分を追い込み、逃げ場をなくすタイプです(笑)。

―― 先ほど、「年齢を重ねて」というお話がありましたが、その点は?

吉田:今も基本的には、若い選手たちと一緒に同じメニューで練習していますし、大会前は誰よりも追い込んだ練習ができていると思います。ただ正直、大学生のころとまったく同じというわけには......。しかしその分、集中してやっています。問題はやっぱり、回復力、かな。練習後の回復は確実に落ちています。もうグッタリして、「私ももう歳かな」なんて思ったりします(笑)。

―― 「2020年東京オリンピックにも出場します」と宣言したぐらいですので、年齢問題は乗り切れると思いますが、実際に試合ではいかがですか?

吉田:ケガは多くなりましたね。幸い、大きなケガはありませんが、昨年の世界選手権の準決勝でも肩を痛め、決勝戦は肩をかばいながらの戦いとなってしまって......。

―― それでも、きっちりと優勝しました。

吉田:ええ。でも、自分でもビックリしたのは、その1ヵ月後の韓国・仁川で行なわれたアジア競技大会。初戦で中国選手にフォールされそうになったとき、ほんの一瞬ですが、「これで終わりかな。肩をつけたら楽になるかな......」という思いが頭をよぎったんです。

―― それは初めての体験ですよね、そもそも、フォールされそうになったことがないのですから。

吉田:まぁ、そうですね。あのときはすぐに、そんな弱気を打ち消すもうひとりの自分が現れて、ダメダメの自分の横っ面を思い切り引っ叩いてくれました。「こんな試合をしていたら、お父さんに怒られるぞ。お父さんに金メダルを見せるんだ」と。

―― 昨年3月、お父様が急逝されましたが、「お父さん」が吉田選手のモチベーションを高めるカギになっているんですね。

吉田:それは間違いないですね。今でも父には何でも相談しています。「お父さんだったら、どうするか?」「お父さんだったら、なんと言うか?」。そう考えれば、絶対に間違うことはないでしょうし、迷わず、正しい道を歩いて行けると信じています。

(後編に続く)

【profile】
吉田沙保里(よしだ・さおり)
1982年10月5日生まれ、三重県津市出身。綜合警備保障(ALSOK)所属。自宅でレスリング道場を開いていた父・栄勝(えいかつ)氏の指導のもと、3歳から競技を始める。2004年アテネ五輪、2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪の女子55キロ級・金メダリスト。2012年の世界選手権を制し、男女通じて史上最多となる世界大会13連覇達成(現在は15連覇中)。この功績により、2012年11月に日本政府から国民栄誉賞を授与された。2015年、自身初の著書『明日へのタックル!』(集英社)が発売。

宮崎俊哉●構成 text by Miyazaki Toshiya