「ザ・昭和」の佇まいを平成の世の今も崩さない、干物。日本人の魚離れを解決する糸口の一つは、干物をおしゃれにすることではないかと思い、おもむろに「干物 おしゃれ」で検索してみた。

 すると、まさしく「おしゃれなひもの屋さん」のWEBサイトを発見した。店の名は「サスニンベン〜himono SASUNINBEN〜」だ。

 現在、茨城県ひたちなか市勝田に店を構えるサスニンベンは、前回ご紹介したとおり、スタイリッシュなカフェ風の内装と洋楽が流れる雰囲気で、まさに“おしゃれな干物屋”。だが、このように生まれ変わったのはわずか数年前のことだった。その契機になったのが、30年前に始めた通信販売で順風満帆だった店を全壊させた2011年3月11日の東日本大震災だ。

東京で働いていた息子が気づいた
「うちの干物って、旨いんだな」

「途方にくれました」とサスニンベンの代表を務める磯崎威志(たかし)さんは当時を振り返る。これまで営んできたひたちなか市那珂湊での再開を考えたが、それよりも「一刻も早くオープンしたかった」と威志さん。

「通信販売を行っている以上、『店がなくなってしまったのでは』と思われる期間が長く続くのは絶対に避けたかった。早く営業を再開するために、那珂湊を離れ勝田で物件を探し、この場所でスタートすることにしたんです」

 一刻も早くといっても、当時はもちろんのこと大工の数も当然足りない状態だ。

「家族で一致団結」。磯崎ファミリーの結束は固かった。4人の子どもたちも加わって店の再開に取り組んだ。

 都内で家具メーカーに勤務していた息子の俊成さんも、会社を休んだり、週末ごとに勝田に戻って、新店舗の準備を手伝った。

「兄弟のうちでいちばん、融通が利く状態だったのが僕だったのですが、手伝っているうちに戻ってもいいかな……と思って」

 いつかは地元で「何かしたい」と考えてはいたが、家業に携わるつもりは全くなかった。干物についてもさしたる思い入れがあったわけではなく、子どものころから、日々、食卓に並ぶ当たり前の存在。「僕にとって干物は『白いごはん』のようなものでしたね(笑)」と俊成さん。

 けれど、実家を出て東京で暮らし始めてからはじめて、それが「当たり前」ではなかったことに気がついた。

「居酒屋で、ホッケやシシャモの干物を食べて、あまりにも美味しくなかったことに衝撃を受けました。うちの干物って、旨いんだなと実感したんです」

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