■2月特集 2015年躍動するホープたち(12)

 2月19日から行なわれている世界ノルディックスキー選手権。20日の女子ジャンプを終えた勢藤優花(旭川龍谷高)は、話し始めるとすぐに涙をボロボロと流し始めた。

 前日の予選は10名のシード選手を除いた中、86.5mを飛んで14位通過を果たしていた。

「公式練習では、踏み切りのタイミングが合わなかったけど、今日はゲートの座り方を考えて、スタートする時にもスキーをちょっと引いてから滑り出す感じにしたら、アプローチスピードも昨日より出て、いいジャンプができました。明日につながると思います」と笑顔をみせていた。

 だが21番目に飛んだこの日は、助走速度は前日とほぼ同じだったが「踏み切りのタイミングが早過ぎた」というジャンプで力が伝わらず、飛距離は80mに止まった。順位は2本目のジャンプに進める30位に0.9点だけ足りない31位。目標にしていた20位前後に迫るどころか、初めての世界選手権は1本のジャンプだけで終わってしまった。

「W杯と一緒かなと思っていたけど、本番になったら『あれもやらなきゃ』『これもやらなきゃ』と気持ちがいっぱいいっぱいになってしまいました......。世界選手権に来てもジャンプ自体は良かったので、タイミングさえ合えばもっと距離を伸ばせたと思います。本当に悔しい」と、涙を流しながら話した。

 今年の3月に北海道の旭川龍谷高校を卒業する勢藤は、北海道上川町出身。高梨沙羅(クラレ)とは幼稚園から中学校まで同級生だった。

「クラシックバレエは小さな頃から沙羅と一緒にやっていたけど、ジャンプはたぶん私の方が少しだけ先に始めたと思います」

 こう話す勢藤は、自分のすぐあと、小学2年からジャンプを初めて、一気に力を伸ばした高梨を「すごいな」と思って見ていただけだという。競技にのめり込んでいった高梨に比べ、それほどジャンプが好きなわけではなく、練習量も少なかった。一気に日本のトップへと駆け上がって行く同級生を見ても、「そのうち私も強くなればいいな」と、思っていただけだった。

 だが、高梨が世界のトップに躍り出た中学2年の頃からは「私も沙羅のようになりたい」と、焦るような気持ちが生まれてきたという。

 ただ、その焦りとは裏腹に、高校に進んでからも勢藤はなかなか結果を出せなかった。W杯組がいない国内大会でも、ふた桁順位の方が多かった。

 そんな状況が変わり出したのは、2014年だった。地元の上川ジャンプ少年団のコーチに、ジャンプでW杯に出場したことがある、笠間法孝氏が就任したのだ。

「昨シーズンまでは助走でスキーにちゃんと乗れず、他の人と比べるとスピードが2kmくらい遅かったんです。体が前にいき過ぎたらどうしようかと考えてしまい、重心を後ろに下げ過ぎていました」

 こう話す勢藤は、笠間コーチのアドバイスで昨年の夏から助走姿勢の改良に取り組んだ。徐々に助走の滑りが良くなり、サマージャンプでは安定してひと桁順位に入るまでになり、12月のW杯開幕戦リレハンメル大会代表にも選ばれて初出場を果たした。

 そこでは32位と、30位以内がもらえるポイントを獲得できなかったが、国内初戦となった今年1月4日の雪印メグミルク杯では、風の条件が目まぐるしく変わる条件の中で1本目に最長不倒の95mを飛び、高梨を抑えてトップに立った。

「初めて沙羅より飛んで、頭の先まで緊張した」という。2回目は87mに止まって高梨に逆転されたが、伊藤有希(土屋ホーム)を抑えて2位になる殊勲をあげたのだ。

 さらに、1月のW杯札幌大会第1戦では22位になって初めてポイントを獲得し、翌週の蔵王大会2日目には16位に。その後のヨーロッパ遠征メンバーにも選ばれ、最初のドイツ・オーベストドルフ第1戦の11位を最高に、14位、22位、23位と連続してW杯ポイントを獲得。高梨が選ばれなかった2月5日からの世界ジュニアにもエース格として出場した。

「けっこう緊張して、いつも通りのジャンプができなかったと思う」という個人戦では、1本目の9位から挽回して日本人トップの7位に。そしてエースが揃う4番手で出場した団体戦では93.5m、90mと2本を揃え、日本の銅メダル獲得に貢献したのだ。

 その後はW杯に戻り、世界選手権直前のリュブノ大会では26位、20位とまずまずの状態を保ってのファルン(スウェーデン)入りだった。

 しかし、初めての大舞台は、彼女に試練を与えた。その悔しさは、「混合団体は下で頑張って応援します」と控えめな言葉を口にしていた彼女に"欲"を芽生えさせたはずだ。

 そんな勢藤は高梨にとっても、遠征中に上川町の話などができる、気心の知れた存在だろう。

「私は球技が苦手だから、沙羅に勝てているのは身長だけですね(笑)。彼女は着地のテレマークができなかったけど、頑張って練習してできる様になっているので......。私もテレマークができないので、そこは沙羅のように頑張ってできるようになりたいと思います」

 こう話す勢藤はこの4月から、看護師になる夢と競技を両立させるために、陸上の福島千里が所属する北海道ハイテク学園の系列校である北海道メディカル・スポーツ専門学校に進学する。そして、そこでは98年長野五輪金メダリストの船木和喜の指導を受ける予定だ。

「去年までは『出られたらいいな』と思っていただけのW杯や世界選手権に出られたから......。将来の夢は平昌五輪だけど、まずは2年後の世界選手権に出るために、頑張ってもっと練習をしたいと思います」

 幼馴染みでありながら、憧れ、尊敬する選手でもある高梨を追いかけた先には、世界トップの戦いが待っている。勢藤は今、本気で高梨の背中を追いかけ始めている。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi