(c)2015 ONE Championship

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 地下から世界へ、驚異のスピード出世である。昨年9月にパンクラスのトップランカーを破る番狂わせを演じた地下格闘技出身の渋谷莉孔(29)がなんと、今年の3月13日にマレーシアのクアラルンプールで行われるアジア最大の総合格闘技イベント『ONE Championship(旧称ONE FC)』のメインカードでタイトルマッチに挑むことが決まった。プロでの実績がほとんどない“地下格上がり”の選手がONE Championshipに出場するだけでも驚きだが、いきなりメイン、しかもタイトルマッチというのは異例の大抜擢だ。ただならぬ強運ぶりを発揮し続ける渋谷だが、今回の相手は、運だけではどうにもならない最強王者のアドリアーノ・モラエス。果たして勝機はあるのか、ないのか? 「俺は噛ませ犬」と自嘲しつつ、静かに牙を研ぐ渋谷に話を聞いた。

――日本のトップファイター・青木真也らが主戦場とするONE Championshipに、渋谷莉孔が参戦。しかもフライ級王者のアドリアーノ・モラエスといきなりタイトルマッチを行うとの第一報を聞いたときは、失礼ながら、アゴが外れるほど驚きました。

渋谷 自分もビックリしましたよ(笑)。ウソでしょ? こんなことあるの? って。

――昨年9月にTTF CHALLENGE02でパンクラス・スーパーフライ級1位の古賀靖隆を破ったこともビッグサプライズでしたが(記事参照)、その興奮冷めやらぬうちに、飛び級で世界デビューです。いったいどのような経緯で、ONE Championshipへの出場が決まったのでしょうか?

渋谷 スカウトですね。去年の夏、ONE Championshipの代表(ビクター・クイ)がUFCの日本大会を見るために来日し、ついでに東京や大阪のジム回りをしたらしいんですが、そのときたまたま自分の存在が目に留まったみたいです。アドリアーノが強すぎて、対戦相手がなかなか見つからなくて困っていたときに、「あ、ちょうどいい奴がいた!」みたいな(笑)。

――ビクター・クイ代表が視察に来ていた場面を覚えていますか?

渋谷 いや、まったく。なにしろこのジム(渋谷が所属する和術彗舟會HEARTS)、見学者もジム生も外国人がめちゃくちゃ多いですから、今日も誰かしら外国人が来ているなーって感じで、それが誰なのかまではいちいち把握していませんからね。その日にオファーがあったなら記憶に残ったでしょうけど、オファーがあったのはだいぶあとだし。

――いつオファーがあったんですか?

渋谷 最初に契約の打診が来たのは、今年の1月10日ごろです。大沢ケンジさん(和術彗舟會HEARTS代表)のところに連絡があって、大沢さんから「ONE Championshipから選手契約の話が来ているけど、どうする?」と聞かれたんで、「やります!」と即答しました。前から外国に行きたいと思っていましたから。で、そのときはまだ対戦相手が決まっていなかったんですけど、契約書にサインして渡したら、後日、日本のエージェントから「とんでもないことになりました! アドリアーノ・モラエスとメインでタイトルマッチです!」っていう電話がかかってきたんですよ。

――そのときの心境は?

渋谷 これはヤバイことになったな……と、大沢さんと2人で5秒ぐらい固まりました。実はONE Championshipの選手の中で、コイツとだけはやりたくないなと思っていたのが、アドリアーノだったんですよ。勝てるわけがないから、さすがにこれは断ろう……と最初は思ったんですけど、これを断ると次がないんじゃないか? という話になり、「じゃあ、受けるか」と。受けた俺もすごいなと自分で思いますよ(笑)。

――TTFのときといい、今回といい、キャリアを考えたらあり得ない大抜擢が続いています。渋谷選手は、不思議な何かを持っていますね。

渋谷 そうですね、そういう運みたいなのは昔からけっこう強いんで。人生上1枚だけ買った宝くじで10万円を当てましたし、20年間、毎年買っているおみくじも大吉しか引いたことがありません。自分でもちょっと怖いな、って思います。

――ONE Championshipのことは、以前からよくご存知でしたか?

渋谷 よく知っていました。たぶん自分が行ける最高峰はONE Championshipで、行けるとしたら5年後くらいかな、と思っていたんですが、その時期が大幅に早まりましたね。

――アドリアーノ・モラエスのことも以前からご存知で?

渋谷 はい、YouTubeでよく見ていました。漆谷(康宏)選手やランボー(宏輔)選手という日本の強い選手が、いずれもアドリアーノに完敗しているから、「UFC以外で、こんなに強い奴がいるんだ」と思って見ていました。

――アドリアーノ・モラエスは、どんなファイターですか?

渋谷 動画で見る分には、打撃は遅くて大振りだなーって感じだけど、それでもよく当たるんですよね。あとは、寝技で押さえ込む際のコントロールがものすごく上手い。ガッチリ組むんじゃなく、相手を泳がせながら遊ぶように絞め上げていく。あと、ハートも強そう。打たれてもすぐに打ち返して来るし、普通なら一呼吸置きたいところなのに、そこで攻めて来るんだ? っていう場面も多い。コイツはけっこう気持ちが強いな、という印象ですね。穴も少ないです。

――そんな強豪に渋谷選手をぶつけた、主催者の意図をどう読みますか?

渋谷 誰がどう見ても、俺は噛ませ犬でしょうね(笑)。まあでも、牙だけはしっかり作っておかないと。噛ませ犬でも、牙さえあれば、なんかあるかもしれないじゃないですか。牙がない噛ませ犬だと、ただのショーになっちゃうけど、牙や爪があれば、そのへんの子犬がライオンに勝つことだって考えられる。だから今、牙を作っているところですね。

――戦術や練習方法についてはのちほど伺うとして、その前に、ONE Championshipと結んだ契約の内容について教えてください。

渋谷 3年契約で、6試合です。勝ったらどんどん試合数が10試合とかに増えていくみたいです。

――ファイトマネーはどうですか?

渋谷 日本のメジャー団体の現役チャンピオンよりも多いですね。日本の中堅プロ選手のX倍ぐらいの金額からスタートして、勝つごとに倍々ゲームでファイトマネーが増えていきます。さらにONEウォリアーボーナスというのもあって、その日一番会場を盛り上げた選手に500万円のボーナスが出るらしいので、ベルトと同時にそっちも狙っていきますよ。

――なんという厚待遇! 他の格闘家たちが、うらやましがっているんじゃないですか?

渋谷 「こんなビッグチャンスがあるんだね」「ツイてるね」「運良く、いいところに入ったね」などの声をよく聞きます。

――運も実力のうち、と言いますけどね。

渋谷 どんなに強くても、めぐって来ない人にはチャンスはめぐって来ませんからね。

――ビッグマネーをつかむため、是が非でも初戦をモノにしたいところでしょうが、「渋谷に勝ち目はない」との予想が多く、渋谷選手のコーチである大沢さんも「逃げるのが上手い渋谷だけど、今回ばかりは寝たら逃げられそうにない」と語っています。

渋谷 レスリングと寝技については、以前よりもディフェンス力がついたと思います。ただ、今回はさらにその上を行く相手なので、レスリングや寝技を使う場面はおそらくないと思います。もう打撃で勝負するしかない。グーで殴ってもしょうがないから、今回は「一本拳」で行こうと思っています。

――一本拳とは?

渋谷 こうやって中指だけを突き出して、そこにパワーを一点集中させる殴り方です。自分がケガをするリスクもあるけど、当たれば相手に与えるダメージも大きい。自分の指が折れてもいいから、一本拳で行こうかなと。蹴りも普通、スネとか足の甲で蹴るけど、今回は親指だけで蹴ってやろうかなと思っています。

――渋谷選手はギブアップ負けの経験はありますか?

渋谷 一度もないです。

――もし今回、絞め技で落とされそうになったり、関節技で骨を折られそうになったりしたら、どうします?

渋谷 経験がないのでわからないですけど、腕の1本や2本、惜しくはないですね。

――今回の会場はマレーシアの首都クアラルンプールにある、プトラ・スタジアムです。慣れない外国で試合をすることへの戸惑いは?

渋谷 そういう不安を排除するために、先日、隣国のシンガポールに行って、しっかり土台を作って来ましたよ。シンガポールとマレーシアは気候や食文化が近いので、どうやってトレーニングして、どう体重を落としたらいいか、などをいろいろ調べつつ、向こうの日本人ともけっこうパイプを作ってきました。結果、自分は近々、シンガポールに移住することになると思います。シンガポールはONE Championshipの本拠地だし、3年契約だから、何度も行ったり来たりするよりも、移住しちゃったほうがいいんじゃないかと。シンガポールは法人税も安いんで、格闘技をやりながら向こうで商売を始めてもいいし。

――アドリアーノ・モラエスはブラジル人ですが、渋谷選手はこれまで外国人と戦った経験は?

渋谷 試合では一度もないです。なので先日、シンガポールのジムでブラジル人とたくさん練習してきました。

――本番まで1カ月を切りましたが、減量は順調ですか?

渋谷 規定の125ポンド(56.7キロ)まで、あと10キロです。ちょっと今回、減量が厳しいですね。初めて筋トレをして体を大きくしたので、体重を落とすのに苦労しています。でも筋トレしたおかげで、それまでほとんどできなかった懸垂や腕立てを、半永久的に続けられるようになりましたけどね。

――これまで筋トレをしたことがなかったんですか?

渋谷 負けたらやろう、と思っていたんですけど、5年以上負けなかったんで、やる機会がなかったんですよ。でも今回はさすがにやらないと負けが見えているから、自主的に始めました。

――ジムでは筋トレ以外に、どんなトレーニングを行っていますか?

渋谷 1カ月を切ったので、普通のトータルスパーリングはもうやめて、劣勢な状態からのスパーリングを中心にやっています。あえてパンチをもらったりとか、あえてバックを取られたりとか、あえて倒されてみたりとか、そういう劣勢の状態からスタートするようにしています。

――渋谷選手は「作戦を立てて戦うタイプ」ですが、短時間での勝負と長時間の勝負、どっちをイメージしていますか?

渋谷 そのへんは決めていません。早く終わらそうとして長引いたりすると、気分的に落ちると思うんですよ。長・短両方考えつつ、ありとあらゆる劣勢から、どうひっくり返すか、というトレーニングを重ねています。

――現在の心理状態を教えてください。

渋谷 相手のことはよく考えたら別に、そんなに怖くないかなーって感じですね。ぶっちゃけ、どこでぶっ飛ばされても同じなんで。路上のケンカでぶっ飛ばされようが、後楽園ホールでぶっ飛ばされようが、海外のでっかい舞台のメインでぶっ飛ばされようが、痛みは一緒。2〜3人の前でぶっ飛ばされようが、1万人の前でぶっ飛ばされようが、恥をかくレベルもそんなに変わらないと思うんですよ。いい意味で開き直っているから、そんなに緊張はしていません。

――もちろん、ぶっ飛ばされるのではなく、一本拳でぶっ飛ばす展開を期待していますよ。

渋谷 実は俺、引き運だけじゃなく、当て運も強いんですよ。ヘタクソなパンチがこれまでけっこう当たっているから、もしかしてもしかするかもしれませんよ。

――楽しみにしています!

 日刊サイゾーでは、当日の試合の模様を現地から速報する予定である。
(取材・文)岡林敬太

【大会告知】
イベント名/ONE Championship
大会名/Age of Champions
会期/3月13日(金)19時〜(現地時間)
会場/プトラ・スタジアム(マレーシア・クアラルンプール)
http://www.onefc.com/