■2月特集 2015年躍動するホープたち(10)

 昨夏のインターハイ、10月に行なわれた国体、今年1月11日に閉幕した春の高校バレー(全日本バレーボール高等学校選手権大会)、すべてで優勝を果たした金蘭会高校(大阪)。創部7年にして栄光をつかんだ金蘭会バレー部のエースは、まだ1年生の宮部藍梨だ。

 父がナイジェリア人、母が日本人で、182cm・64kgのすらりとした長身をしならせ、体重の乗ったスパイクを相手コートにどんどん突き刺していく。生で観戦していると、他の選手とはスパイクの音が違うことが分かる。男子選手にも負けない、「どかっ」という重いスパイク音。金蘭会バレー部の池条義則監督も「音が違うでしょう?」と目を細める。最高到達点は306cmで、全日本のエース、木村沙織の304cmを上回る。このジャンプ力を活かし、後衛でもバックアタックを打ちまくる攻撃型のレフトアタッカーだ。

 小学校3年生の時に、先に始めていた友達に誘われてバレーボールを始めた。その頃から背は高い方だった。両親はバレーとは無縁。特に母はむしろスポーツは苦手な方だとか。

「小学校の時は、バレーが好きというより、チームのみんなと会って一緒にできるということが楽しくて続けていて。だから、苦しかった思い出とかはまったくないですね。そうしているうちに、だんだん勝つ喜びも味わって、もっと勝ちたいなって思うようになりました」。

 実は、中学校に上がったときはバレーを続けるつもりはなかったという。「もういいかな? って思ったんです」。

 だが、いざやめようとなると心が揺らいだ。最終的にはやっぱり続けようと決めて、家から通えるところで、バレーができる中学校を探し、それが金蘭会中学校だったというわけだ。

 2013年末の全国都道府県対抗中学大会で、最も将来有望な選手に与えられるJOC・JVAカップを受賞。昨年6月、2020年東京五輪へ向けた日本協会の集中強化策「プロジェクト・コア」(女子8人)にも選ばれた。

「プロジェクト・コアはまだそれ自体で何か活動をしているわけではないんですけど、荒木田裕子(強化事業本部長)さんが『それぞれの世代代表で頑張りなさい』と言われて、自分はユースなので、じゃあ世界ユースで頑張ろう!って思いました」

 初めて日の丸をつけたのは、全中が終わった後の、日韓交流戦でだった。この時はまだ「国を代表する」という気持ちはなく、同世代の少女たちと楽しく過ごした記憶しかない。日の丸をつけることの重さを教えられたのは、アジアユースの時だった。日本はこの大会で優勝し、宮部はMVPを受賞したのだ。

「この大会では、初めてキャプテンをさせていただいたので、そのことがすごく自分にとって大きな経験となりました。それまでは、コートキャプテンは経験があったのですけど、チーム全体のキャプテンというのはなかったんです。

 チームキャプテンだと、試合がないときもチーム全体のことを考えなければならない。一生懸命やったんですけど、いたらないことが多くて。まわりに本当に助けてもらいました。MVPについては、自分がもらえるとは思ってなくてビックリしました。国内では自分は背が高い方ですけど、アジアでは全然大きい方じゃないんです。自分より高い選手が普通にいて、これでは今までのような打ち方は通用しないなと、考えさせられることがいっぱいありました。そんな中でのMVPだったので嬉しかったんですけど、驚きの方が大きかったかな」。

 ユース代表に選ばれて、「日本を代表する選手としての振るまい」にも気をつけるように言われ、初めて意識するようになった。「あいさつや、取材なども......以前はそんなにきちんとはできていなくて。『ふーん』って感じで。申し訳なかったと思います。今はできるだけちゃんと対応させていただくようにしているつもりです」

 ユースで仲がいいのは、下北沢成徳高校の1年生3人組、黒後愛、堀江美志、山口珠李。取材で訪れたときも、黒後がさかんに宮部にちょっかいをかけてきて、微笑ましい光景が見られた。

「世界ユースの抱負ですか。一昨年あった前回の世界ユースの映像をみんなで見たんですけど、190cm以上の人とか2mある人とかがいて、もう未知の世界で。手も、ネットから肘まで出ていて、想像を遙かに超えているブロックの高さだったり、サーブのえぐさだったりに、自分たちがどこまでやれるんだろうと不安に思う気持ちと、逆にワクワクする気持ちと両方生まれました」と頼もしいコメント。

 今年はインターハイのすぐ後に世界ユース(8月)があるので、とにかく時間に余裕がないことを頭に入れて、コンディションを整えたいとのことだった。

 オフは何をしているのですか? とたずねると「金蘭会って基本、オフがないんですよ!」と、ちょっと口をとがらせながら苦笑した。「春高の後も1日だけオフがあったんですけど、疲れていて、とても遊びに行ったりはできなくて。もうずっと寝てました」

 今年度のシニア世代の国際大会スケジュールは、全日本選手の主力複数が所属する久光製薬が出場する世界クラブ選手権(5月)、アジア選手権(5月)、ワールドグランプリ(7月)、オリンピックの出場権のかかるワールドカップ(8月)と大事な大会が目白押しの状態だ。東京五輪をにらんで宮部に声がかかる可能性も高い。だが本人は「性格的に、そんなに自分が自分が......というタイプではないので、選ばれたら頑張ります! という感じです」とマイペースだ。

「東京五輪も、周りから言われてだんだん実感がわいてきたかな? というところです。実は大学進学を考えているので、うまく勉強と両立できるようにしていけたら一番良いな」

 過去にも廣(ひろ)紀江、佐藤伊知子ら大卒で五輪プレイヤーとなった選手もいるし、2013、2014年度の全日本リベロ佐藤あり紗も東北福祉大学卒だ。宮部にはぜひ、文武両道を地でいって、ロンドン五輪の時よりいい色のメダルをもたらしてほしい。それだけのポテンシャルはある選手なのだ。

中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari