『絶望的――寄生クラブ (ミステリー・リーグ)』鳥飼否宇 原書房

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 増田米尊!
 我慢できない!

 思わず書いてしまったが、音読するといろいろ問題があるのでやめよう。
 いやしかし、鳥飼否宇の新刊『絶望的 寄生クラブ』(原書房)が出ていたので、思わず手にとってしまったのである。
 我慢できずに増田米尊!
 ちなみに米尊は「べいそん」ではなくて「よねたか」と読みます。

 鳥飼否宇が創造した名探偵史上に名を轟かす異能のキャラクター、それが増田米尊だ。人口40万人の綾鹿市は、数多くの大学を有する学芸都市である。増田は、綾鹿科学大学大学院数理学研究科の准教授だ。数学者でありながら、彼はフィールドワークを大切にしている。なぜかといえば、若い女性の日常生活を数学的手法で解析することが増田のライフワークだからである。フィールドワークとはすなわち「覗き」だ。一歩間違わなくても犯罪そのものだが、大学当局や学会は、その研究を評価するがゆえに増田の行為を黙認していた。

 さらに増田は性的な興奮を覚えれば覚えれるほど頭の回転が速くなるという異常体質の持ち主でもあった。興奮して脳に大量の血液が流れこんだ「脳勃起」の状態になると、増田は天才的な思考能力を発揮するのである。この変態そのものの体質により、彼はこれまでにも数多くの難問を解決してきた。集大成ともいえる作品が本書、『絶望的』なのである。

 大学が夏季休暇の時期に入ったため、増田は渋々ながら九州は小倉に里帰りを果たした。なぜ気が向かないかというと、義理の姉である麻里子に会いたくないからだ。実は麻里子は増田の高校時代の同級生なのだが、そのころから彼の窃視癖に気づいていた節があった。それゆえ旧悪を暴かれるような気がして、会いたくないわけなのである。

 ところが実際に再会してみると、麻里子は驚くべき行動に出てきた。なんと、夫の不在をいいことに、増田に言い寄ってきたのである。それだけではない。麻里子の娘である紋までが、中年男を誘惑してくるではないか。しかし増田にはその据え膳を食うにはいかないわけがあった。彼は童貞主義者であり、決して女体を近づけないという信念の持ち主だったのである。

 ほうほうのていで逃げ戻り、大学の研究室にやってきた増田は、異常な事態に気づく。次の学会発表「キャバクラ嬢の豊胸指数をもとにした日本人女性のバストサイズの傾向推定」のためのプレゼンテーション資料がパソコンから消え、ミステリーのような珍妙な創作原稿に置き換わっていたのである。阿久井一人なる作者の「処女作」という短編を、増田は首をひねりながら読みはじめる。

 鳥飼が過去に発表した「処女作」「問題作」「失敗作」の三篇が、こうした形で作中作として取り入れられている。増田がいかに警戒しても、資料は必ずミステリーに置き換えられてしまうのだ。果たしてその犯人は誰か、なんのために奇妙な行為を繰り返しているのか、ということが話を牽引する謎だ。

 稚気溢れる、という褒め言葉があるが、本書には稚気どころか妖気や狂気までが漂っている。陽気のせいでこうなったのだろうか、と呆気にとられること必至である。気になったら読んでみてください。ただし、相当に読者を選ぶ内容なので、心して読むこと。

 ジャンルの最北端といってもいい内容だが、最後まで読めば間違いなく作者のミステリーに対する愛情が伝わってくる。よくぞ書いた、と称賛したくなる怪作だ。

 我慢できなくなって増田米尊にはまってしまったこの気持ち、天まで届け!

(杉江松恋)