東京パラリンピックの開催決定は、冬季の障がい者スポーツに一見関係のないように思えるが、実はその影響から新たな時代を迎えている。

 2月13日から19日まで富沢クロスカントリースキーコースで行なわれたクロスカントリーワールドカップ旭川大会には、他競技にも取り組んでいる選手たちが出場していた。

 IPC(国際パラリンピック委員会)主催で毎年3〜4大会を行ない、世界中を転戦するクロスカントリーワールドカップ。年間で10〜15のレースを行ない、各選手は順位ごとに与えられるポイントを積み重ね、それをもとに年間順位やパラリンピックの出場権を決める。

 2014-2015シーズンはフィンランドのボッカティ、ノルウェーのサニーベル、そしてアジアで初めて旭川が開催地に。旭川大会ではバイアスロンは行なわれずクロスカントリーだけの開催となったが、9ヵ国、53選手が集結して熱戦が繰り広げられた。

 競技3日目のクラシカル(立位)20kmで6位と健闘した佐藤圭一(エイベックス・グループ・ホールディングス)は、クロスカントリー/バイアスロンの日本代表として2度冬季パラリンピックに出場している選手だ。2014年ソチ大会の最高順位はバイアスロン(立位)12.5kmの10位。世界のレベルが飛躍的に上がっている中で健闘したものの、世界との距離はなかなか縮まらない。

「これまでと同じやり方では、2018年の平昌大会(韓国)でとても世界と戦えない」と考えた佐藤は、レースの後半、疲れが出る場面でも動ける身体をつくろうと、2016年リオデジャネイロ大会から夏季パラリンピック正式競技になるトライアスロンに取り組むことを決めた。

 昨年5月、世界トライアスロンシリーズ横浜大会のパラ部門に初出場し、ロードレーサーを使用する障害クラスで12位。その後も国内外の大会に出場し、9月にカナダ・エドモントンで開催された世界トライアスロン選手権グランドファイナル・オープンパラ部門では優勝。

 競技をサポートしてくれる人たちへの恩返しはやはりパラリンピックのメダルしかないと考える佐藤は、本格的に夏季パラリンピックを目指すことを心に誓った。リオパラリンピックの出場権がかかる今年は、ワールドカップの転戦終了後から、トライアスロンに比重を置くことを決めている。

 佐藤にとって夏季競技への挑戦は、あくまでもスキーの延長線上だが、「トライアスロンの大会に出場するようになり、スキーの技術練習の時間がどうしても減ってしまった。ワールドカップ旭川大会はウクライナやベラルーシなど強豪が出場していないから手放しで喜べないけれど、例年より順位が落ちなかったことは今後に向けて好材料になった」と語った。

 ナショナルチームの荒井秀樹監督も「トライアスロンで心肺機能が上がっている。ラストスパートも粘れるようになった」と、その相乗効果を認めている。

 2020年の自国開催のパラリンピック出場も視野に、佐藤は"2足のわらじ"を続けていくつもりだ。

 ソチパラリンピックのバイアスロン7.5kmで銅メダルを獲得した久保恒造(日立ソリューションズ)は、ソチ大会終了後、2001年から取り組んでいた車椅子マラソンに専念し、リオ大会の日本代表を目指すことを表明した。

「ソチ大会以降、陸上競技一色の生活。メダルを振り返る余裕はなかったですね」と、この1年間を振り返る。

 ソチ大会以前から決めていた今大会(ワールドカップ旭川大会)への参加は、自分が退いてから世界で戦う日本人選手が潰えてしまったシットスキー(座るタイプのスキー)の普及が目的。自宅の物置から久々に取り出しシットスキーに乗り、陸上の練習仲間らを誘って2レースに出場。競技2日目に行なわれたスプリント1キロ(座位)では、惜しくも準決勝で敗退したものの「ソチ大会のクロスカントリー金メダリストであるクリス・クレブル(カナダ)に離されないでフィニッシュできた。楽しい大会でした」と話し、清々しい表情を見せた。

 実は、久保がスキーを始めた頃にアドバイスを受けてきたのがこのクリス。"師匠"と同じレースを滑ったことで、久保自身また気持ちを新たにしたに違いない。

 そして、リオ大会の日本代表を決める勝負がこれから始まる。22日の東京マラソン、4月のボストンマラソンへの出場を皮切りに今後重要な大会に出場していく予定だ。

 夏冬両方のメダリストになる。その大きな目標を達成するために「これからのレースに勝ち、なんとかリオにつなげたい」と久保は意気込む。

 クロスカントリースキーは、北海道などウィンタースポーツが盛んな地の選手のクロストレーニング(※)としても広がりを見せている。
※色々なスポーツを取り入れることで、偏りのないバランスのとれた体を作る練習法

 元高校球児の飛島大輔(アインファーマシーズ)は、高校卒業後にケガをして、現在は東京パラから公開競技を目指す車椅子ソフトボールの中心選手になっている。2012年からは日本代表チームとして全米選手権にも出場している。昨年からクロスカントリースキーを練習に取り入れ、「やるなら大会に出場したい」とエントリーすることに。

「全米選手権では1日5試合を戦うこともあり、集中力を持続させるスタミナが必要になる。スキーを始めて、持久力に自信がついたし、なにより今大会は一流選手と交流できて競技に対するモチベーションが上がった」と言い切る。

 今年の1月には、東京パラリンピックの22競技が決定した。パラスポーツ全体を盛り上げようと選手たちも奮闘している。今後は夏と冬関係なく、複数の競技に取り組む選手が増えていくだろう。

瀬長あすか●取材・文 text by Senaga Asuka