【2月特集 2015年躍動するホープたち(4)】

 森に囲まれた学園都市つくばの筑波大学キャンパス。ラグビー日本代表ウイング、22歳のホープは、その体育棟の2階ラウンジに、柔らかなスワーブを踏みながら現れた。

 筑波大学情報学群情報科学類の3年生。福岡県の福岡高卒業の福岡堅樹(けんき)。両ワキを刈り上げたショートカットの「スピードスター」の目元は実に爽やかである。少し笑う。

「福岡の福岡の福岡ですって。自己紹介とか、すぐ覚えてもらえるので助かっています。笑ってもらえますし...。福岡、好きなんで」

 いつも謙虚、いつも自然体。日本代表に入っても、その真摯な姿勢は変わらない。バレンタインデー前日のインタビュー。「チョコレートはもう、どっさり?」と聞けば、人気者は頬をちょっぴり赤らめた。「今年はまだ、全然......」

 2014年度シーズンは終わった。全国大学選手権決勝は帝京大に完敗した。意地のワントライを挙げたものの、力の差を見せつけられた。最後の日本選手権1回戦はケガで欠場した。それから5日が経った。
「とにかく、ケガに悩まされたシーズンだったかなと思います。決勝戦も前半20分ごろ、(左足の)ハムストリング(太もも)を痛めていて。瞬間のスピードは出せても、そこからスピードに乗ることができませんでした」

 たしかにケガが多い1年だった。昨年4月。7人制日本代表の香港遠征からハードスケジュールが続き、15人制の日本代表合宿に入って右ひざを痛めてリタイアした。秋からの大学シーズンでは左足の肉離れを抱え、結局、シーズンのフル出場は4試合にとどまった。日本代表の欧州遠征は欠場した。

「体が大丈夫だったら、"やれる"との自信は、自分の中にはあります。でも、ハムストリングの不安があったら、自分のスピードで走るのはどうしてもコワさがあって。その恐怖感が今シーズン、ずっとありました」

 つまり完全燃焼はできなかった。端正な顔がゆがむ。「もっとできたんじゃないか」との苛立ちが募るのである。それでも、収穫はあった。課題だった「ボールが来ないときの動きや仕掛け」がわかってきた。どうすれば、ガチガチのマークを崩し、チームの勝利に貢献できるのか。

「どういう形でもらえれば、前に出られるのか。そこの意識から、敵がふだん見ていない側から顔を出したりとか、ブラインドサイド(スペースが狭い側)から回ってみたりとか、結構、ありました。あるいは自分がダミー(おとり)となって、周りを生かしたり......。ボールのもらい方、ボールタッチが少しはよくなった気がします」

 スピードは文句なしだ。50mを5秒台で走る。日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチからも「ワールドクラスのスピード」とお墨付きをもらっている。もちろんラグビーという競技は単に速いだけでは務まらない。タックルもあれば、周りとの連係プレー、コミュニケーションも求められる。

「自分の中ではアタックのバリエーションが増えたのは収穫だったと思います」

 今後の最大の課題はケガをしにくい体づくり。『無事、是、名馬也』なのである。声が陽性に変わる。

「ケガをしないというのは、ひとつの才能だと思います。これからは、ケガをしないというのが目標のひとつですね」

■W杯で1試合1トライ、8強進出を
セブンズでリオ五輪出場も

 2015年は4年に一度のW杯が9月、英国イングランドで開幕する。日本代表候補の強化合宿が4月からスタートする。合宿、遠征、合宿...。本番のW杯までハードな日々がつづく。
 
 グレーのトレーナーの左胸には桐の葉の筑波大エンブレム。22歳は背筋を伸ばした。「まだ完全に(W杯に)近づいたという実感はありません。まずは(日本代表)メンバーに選ばれることが大事です」

 日本代表候補のウイングには好調の山田章仁(パナソニック)、藤田慶和(早大)、カーン・ヘスケス(宗像サニックス)......ライバルは少なくない。

「単純なスピードだけでいけば、全然、勝っていると思っています。(生き残るためのカギは)ケガをしないこと。運動量の部分で勝負して、自分からもっと積極的にボールタッチを増やすこと。あとは決定力です。トライを取り切る選手というのが、ジャパンではすごく求められていると思います」

 福岡は2年前の2013年のフィリピン戦で日本代表デビューした。金星を挙げたウェールズ戦で活躍し、その年の秋のスコットランド戦では2トライをマークした。

「ジャパンでのベストゲームは?」と聞けば、「スコットランド戦」と即答。「トライは周りのお陰です。自分としてはトライよりも、トイメン(マークの相手選手)を外に完全に振り切れたシーンがあって、それが自信になりました」

 頭の中に、W杯の初戦(9月18日)の南アフリカ戦のイメージはできている。続くスコットランド戦も、サモア戦、米国戦も。チームとしてのターゲットは1次リーグ3勝で初の準々決勝進出である。そのために体を張る。

「個人としてはトライでチームに貢献したい。必ず1試合1トライできるよう、頑張っていきたい」

 W杯のあとにはセブンズ(7人制)の2016年リオデジャネイロ五輪アジア予選がある。憧れのオリンピックにつながるステージ。

「ワールドカップのあと、セブンズに呼んでいただけるなら、そっちにももちろん、参加したいと思っています」

 ファンは、セブンズでも福岡の快走を見たいに決まっている。ポイントは体の状態と、日本協会の15人制とセブンズのすみ分け次第ということになろう。昨年の春はセブンズ日本代表として活躍した。日本のワールドシリーズ昇格にも貢献した。

――セブンズのおもしろさは?

「ひとりひとりの間合いの広さでしょうか。その分、勝負ができる。自分のスピードが直接生かせる。さらには、自分より上のスピードの連中がいる世界でなかなか戦ったことがなかったので、それがすごく新鮮なんです。そして、休みがまったくないので。基本的にはいつもトップスピードで走らないといけない。(セブンズと15人制は)似て非なるもの...。セブンズの感覚に慣れていると、15人制に戻ったら違いを感じます」

 結局は、15人制とセブンズの両立を目指すということか。やはり五輪は魅力なのだ。2008年北京五輪の時にテレビで見た男子100mのウサイン・ボルト(ジャマイカ)の衝撃がよみがえる。

――来年のリオ五輪は?

「ぜひ、行きたいです。(五輪は)スポーツ全体の頂点のイベントだと思います。そこに出られるのは、アスリートとして名誉なことだと思うのです」


■将来は、日本代表から初の医者に
「ノーブレス・オブリージュ」

 現実主義者である。『文武両道』を大事にする。子どもの頃から、尊敬する医者の祖父の影響を受け、医学の道を志してきた。大学の医学部入学には失敗し、2012年、筑波大の情報学群に合格した。ラグビーに打ち込みながら、学業にも全力疾走を旨とする。修得単位はほとんどクリアしている。あとは卒業研究。研究室への配属は決まっている。「コンピュータービジョン研究室」。テーマは「画像認識工学」にする計画である。

 人生設計は明確に描いている。医学の道もあきらめてはいない。祖父だけでなく、父は歯科医の医学系の家系。卒業後はラグビーのプロ選手としてトップリーグのチームでプレーし、2019年W杯、2020年東京五輪を目指す。

「そこが僕のラグビーのヤマです。27歳、28歳でしょうか。その後、医学部に入って、6年間勉強して、2年ほど研修して、30歳代半ばでドクターになるのです。順調にいけば、ですけど」

 心に残る祖父のコトバがある。「偉そうに聞こえてしまうニュアンスがあるので」と口にするのをはばかったが、しつこく聞けば、小声でこう、明かした。

「『能力を持って生まれてきた人間は必ず、その能力を社会に還元しないといけない』というコトバです。"オマエには(スポーツと学問)どちらもやれる力があるのだから、それを社会に還元しなさい"と」

 つまりは、イギリスでよくいう『ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)』である。恵まれた才能と環境に生まれた真のエリートは率先して社会への責任を果たす義務があると。そして、モットーが故スティーブ・ジョブス氏の「Stay hungry, Stay foolish.(ハングリーであれ、愚か者であれ)」である。いつまでも、向上心と謙虚な気持ちを持ち、新鮮な気持ちで何事にも挑戦していくという意味と説明する。

―― 改めて今年の目標は?

「まず、ワールドカップに出ること。スタメン(先発メンバー)になること。その試合でトライを挙げて、勝利に貢献することです。そして、ベスト8に進むことです」
 
―― 夢は?

「ラグビー選手として、(2019年の)日本のワールドカップを成功させたい。そのためにも今年、日本が勝たないといけない。そこに自分は貢献する。ラグビーを辞めた後はドクターになることです」

 さあ、世界に羽ばたけ。リアリストはまっすぐ己のスタイルを貫く。まだ22歳。献身と挑戦の1年がはじまる。

松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu