市民を雇わない国家 日本が公務員の少ない国へと至った道

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「イスラム国」の残虐さは、平和の国「日本」を震撼させた。「イスラーム国の衝撃」(池内恵著 文春新書 2015年1月)が代表的な著作だろうが、重要な軍事的側面にふれた手頃な1冊が、中東情勢に詳しい軍事ジャーナリスト黒井文太郎氏の手になる「イスラム国の正体」(ベスト新書 2014年12月)だ。非常に親しみやすい平明な文章がうれしい。

「イスラム国」への対応でも担当する公務員数の少なさがいわれる。この問題に、新進気鋭の東大准教授が取り組んだ労作が、「市民を雇わない国家」(前田健太郎著 東京大学出版会 2014年9月)である。副題は、「日本が公務員の少ない国へと至った道」である。

第1章「日本の小さな政府」において、日本の公務員数が本当に少ないのか、様々な先行研究・調査、国際機関の統計を丁寧に吟味する。広く流布した2005年10月31日付けの日本経済新聞に掲載された記事における「893万人」という数字について、公務員数とは直接の関係のない数字であることを詳細な分析により示す。公務員の定義を強引に拡張した、2005年の野村総研の詳細な調査でも、人事院の公表している数字約406万人に対して、約3割多い約538万人に止まることが指摘される。結論として、「日本の公共部門に勤務する市民の割合は、公務員の広い定義を用いたとしても、狭い定義を用いたとしても、他の先進国に比べて極めて少ない。(中略)公務員数から見た日本の政府が「小さな政府」でないことを示す証拠はどこにもない。」という。「図表でみる世界の行政改革 OECDインディケータ(2013年版)」(平井文三訳 明石書店 2014年11月)でも、先進国クラブのOECD諸国の平均が労働力人口の15%程度なのに、日本は1割にも満たないことを示す。

「総定員法」の存在を指摘

それなのに、なぜ、日本では公務員の数が多いという話が、ネット上も含めて根強いのか。これについて、前田准教授は、「もとより、人間は数字を扱うのが苦手な動物であり、その認知的な能力の限界は極端に小さい数字や大きな数字を扱う場合に特に表れやすい。その結果、人間は自らを取り巻く環境の中から都合の良い情報だけを選択的に吸収して事実として認識する。(中略)多くのアメリカ人は、人口に占めるアフリカ系やヒスパニックなどのエスニック集団の割合、生活保護者の割合、性的少数者の割合など、様々なマイノリティの人数を実際の数倍の規模に見誤っているという。こうした知見に鑑みれば、日本の労働市場における少数派であり、多くの市民から否定的な評価に晒される公務員の数が実際より多く見積もられることは、ある意味で当然なのである。」と喝破する。

本書では、日本の公務員数が少ないのは、総人件費抑制のため他の先進国に比べて早くに総定員法という公務員の数を抑制する取組が行われたからだとする。著者や、論客で知られる権丈善一慶応大教授も、「不磨の大典『総定員法』の弊」(週刊東洋経済2010年10月16日号「経済を見る眼」)で、1969年施行の総定員法が、行政需要に応じた人員配置を阻害したと、総じて批判的だ。労働法政策に詳しい濱口桂一郎氏が、「新しい労働社会」(岩波新書 2009年7月)で示した、世界的にみて、日本の特異な労働形態である「無限定正社員」モデルの典型である公務員が、心身や家庭にかなりの負担をかけながら、少ない人数で公務サービスの水準を守ってきたことに理解を示す「日本の官僚人事システム」(稲継裕昭著 東洋経済新報社 1996年)を深める方向での新たな学問的業績は出ないものか。

経済官僚(課長級)AK