数年前から「皇居ランナーは高収入」という話が出ている。しかしそのたびに「周囲に大企業が多いからだろう」という至極真っ当な反論が出てきて、その話題は立ち消えになっていた。しかしながら、実際にマラソン愛好家にはリッチ層が多いという意見もある。

 たとえば、大阪マラソンや京都マラソンの様な都市マラソンは、軒並み参加費は1万数千円。抽選倍率が10.7倍に達した東京マラソンも、参加費だけで1万円も必要となるから、アマチュアスポーツの参加費用としては高額といえるだろう。

 さらには「活動に賛同すること」が必須条件にはなるが、10万円支払う事で東京マラソンに出走できる"チャリティーランナー"の場合、先着順のためほぼ確実に大会に参加できるとあって、密かな「狙い目枠」となっている。実際、その枠はすぐに埋まってしまうという。

 海外マラソンに挑戦する旅行ツアーも花盛りで、多くの旅行代理店が力を入れている。『地球の走り方 Travel&Run!』というガイドブックまで発行されおり、マラソン大会への参加を旅の目的とする人も少なくないようだ。

 このような事情を鑑みるに、マラソン愛好家の多くは"経済的に余裕がある"といっても過言ではないだろう。

 では海外ではどうなのか? 実は2015年の東京マラソンには、海外から1万4600人もの参加申し込みがあったそうだ(実際に参加するのは5000人)。

 さらに、前述の"チャリティーランナー"は、ニューヨークシティマラソン(※)に至っては、20万円以上支払う必要がある。つまり世界的にも、マラソンはラグジュアリーなスポーツになりつつあるといえる。
※ニューヨークを構成する5つの区を、5万人ものランナーが走り抜け(日本からは500名が参加)、観戦者はのべ200万人という巨大イベント。なお昨年の優勝者は、ケニアのウィルソン・キプサング。

 特別な道具こそ必要ないが、自分と戦い、苦痛と向き合うマラソンは究極の自己鍛錬。健やかな身体を手に入れるだけでなく、己を見つめる強い精神力を鍛えることができる。そこにトップビジネスマンや経営者が魅了されるのだろう。

 となれば「皇居ランナーは高収入」という話には整合性が出てくる。周辺に大企業が多いだけでなく、自分と向き合える高い意識を持った人々が多く集まっているから、収入も高くなるのだ。

 高潔な精神とラグジュアリー化する市場というマラソンが持っている要素に注目したのが、スイスの名門時計ブランド「タグ・ホイヤー」だ。タグ・ホイヤーは、F1やサッカー、アメリカスカップなどのメジャースポーツを通して、溌剌としたイメージを作り、≪Don't crack under pressure(プレッシャーに負けるな)≫というメッセージを伝えてきた。

 彼らが新たなパートナーシップとして、ニューヨーク、シカゴ、ベルリン、パリ、オスロ、モスクワで行なわれるマラソン大会のスポンサードと公式計時を担当するという。ランナーたちは、肉体的な限界だけでなく、自分の弱気とも戦わなくてはいけない。そのプレッシャーに負けるな! と、タグ・ホイヤーは伝えたいのだ。

 スポーツを中心とする健康的なライフスタイルを応援するタグ・ホイヤーと、意識の高いマラソン愛好家の親和性は非常に高い。

 しかしその一方で、高級時計×マラソンという組み合わせは、マラソンがラグジュアリー・スポーツ化しているという時代の流れを表しているともいえる。"勝った""負けた"に一喜一憂するのではなく、自分自身と対話しながら走るという時間は、現代においてとても贅沢なことになっているのかもしれない。

篠田哲生●文 text by Shinoda Tetsuo