レース機のコックピット内を映し出す小型カメラが、ガッツポーズを見せる室屋義秀の姿を地上の大画面モニターに届けていた。

 ときに左手で小さく、ときに両手で大きく――。何度も力強く握りしめられた拳が、室屋の心のうちを表していた。

 2月13、14日、UAEのアブダビでレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ(以下、エアレース)の2015年シーズン開幕戦が行なわれた。

 結果から言えば、アジアから唯一参戦している日本人パイロット、室屋の最終成績は6位。勝ち上がった4名が優勝を争うファイナル4(決勝)には届かなかった。

 それでも室屋はレース後、満足そうに時折笑みさえ浮かべて、こう語った。

「フライトのクオリティは昨日(予選)からずっとよかった。(機体の性能から考えて)計算上、ほぼベストのタイム。今の力は出せている。すごくよかった」

 実際、13日に行なわれた予選から、室屋のフライトは常に安定していた。

 この日のアブダビは、ふいに向きや強さを変えるトリッキーな風が吹き、全体的に予選のタイムが伸び悩んでいた。しかも、全14パイロットのうち7名までがゲートを規定どおり水平に通過できなかったり、パイロンにぶつかったりというペナルティを受ける波乱の展開。そんななか、室屋は1分を切るタイム(59秒093)で予選3位につけた。

 予選での3位は、室屋にとって自己最高順位。自ら「すごく満足している」と振り返った会心のフライトは、エアレース参戦4シーズン目の室屋を、これまで経験したことのない高みにまで引き上げていた。

 予選を終え、「明日は会場が盛り上がると思うが、自分自身はあまりヒートアップしないようにしたい」と言い、あくまで「機体の性能を目一杯引き出す」ことだけに集中する室屋。言い換えれば室屋の愛機、エッジ540V2の性能を考えると、大幅にタイムを縮めるのは難しいということでもある。室屋の頭の中では、「あと0.4秒くらい」というのがタイム短縮の限度だった。

 ところが、室屋は14日の最初のフライトとなったラウンド・オブ・14で、圧巻のタイムを叩き出す。

 予選順位により1位対14位、2位対13位......、6位対9位、7位対8位と1対1の対戦でタイムを競い、勝者7名と敗者のなかで最速タイムの1名が勝ち上がるラウンド・オブ・14。室屋はここで前日の予選タイムから0.8秒以上も縮める58秒280を記録し、予選12位のマルティン・ソンカ(チェコ)を退けたのである。

 今季、室屋のフライトの質が格段に向上したのには理由がある。エアレースが休止していた3年間(2011〜13年)、技術だけでなくメンタル強化にも取り込んだことはそのひとつだが、今季から「チーム室屋31」に加わったレース・アナリスト、ベンジャミン・フリーラブの存在が大きく影響している。

 フリーラブはデータ分析のスペシャリスト。Gやスピードなどさまざまなデータを解析し、実際のレース(コース取りやターンの角度など)に落とし込む。「風の強さがわずか1m変わるだけでも、レース機にとっては大きな違い」と語るフリーラブが、その都度具体的なアドバイスを送り、室屋がレース機の性能を最大限引き出すフライトにつなげるというわけだ。

「フライトデータやコースの状況を掌握できる。彼の力は大きい」

 室屋もそう言って、フリーラブの分析力の高さを認める。これまで「何となくの感覚でしか分からなかったこと」が、具体的なデータとして示されることは、室屋のフライトに落ち着きと自信を与えてくれた。

 だが、ラウンド・オブ・14のフライトは、分析力に優れたフリーラブの想像をも超えていた。呆れたような表情を浮かべ、フリーラブが語る。

「まったく信じられない。ヨシ(室屋)は僕の計算を上回るタイムを出すのだから」

 続くラウンド・オブ・8に勝ち上がった室屋は、結局、予選6位のピート・マクロード(カナダ)と対戦し、惜しくも0.481秒差で敗れた。室屋のタイムは59秒597。夕方になり、風向きが変わったことで全体にタイムが落ちるなか、数字だけを見れば、ラウンド・オブ・14から1秒以上遅れたことになる。

 それでも室屋は「少しミスがあったのでパーフェクトに飛んでいればという思いもあるが、機体の性能をどう引き出すかという点では、ほぼベスト」と語り、納得の表情で今季開幕戦を終えた。何より「他のパイロットよりも、すべてのフライトを安定して飛べている」ことへの手応えは大きかった。

 こうなると、次なる期待は5月16、17日に行なわれる第2戦。日本初開催のエアレースである。

 会場となる千葉・幕張海浜公園は、室屋が過去に何度もエアショーで飛んだことのある場所。気象条件も把握しやすく、何より住み慣れた日本で準備を進められるのは大きなアドバンテージとなる。室屋は「気合いはもちろん入るが、オーバーヒートしないようにしなければいけない」と、はやる気持ちを抑えて準備を進める。

 しかも、地元での第2戦へ向けて、新たな機体の投入も決まった。それがエッジ540V3だ。

 レース専用に改良されたV3は、現在室屋が使用しているV2に比べ、大きく性能に優る。現在エアレース参戦中のパイロットのうち、すでに5名がV3を使用しており、室屋はこれまで機体の性能で不利を被ることもあったが、これで対等な戦いを挑むことができる。フリーラブの分析力と合わせ、大きな戦力アップとなることは間違いない。

 常々、「(順位は)他の人との比較なので」と語り、あまり順位に頓着しない室屋だが、これだけ安定したフライトを見せられると、どうしても昨季第2戦の3位に続く、2度目の表彰台を期待してしまう。

 日本初開催のエアレースで日本人パイロット、室屋義秀がどんな活躍を見せてくれるのか。次戦へ向け、楽しみを大きく膨らませてくれた今季開幕戦だった。

●レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ2015

第1戦UAE・アブダビ最終順位(上位8名)
優勝ポール・ボノム(イギリス)
2位マット・ホール(オーストラリア)
3位ピート・マクロード(カナダ)
4位ハンネス・アルヒ(オーストリア)
5位ナイジェル・ラム(イギリス)
6位室屋義秀(日本)
7位ピーター・ベゼネイ(ハンガリー)
8位ニコラス・イワノフ(フランス)

■2015 年レースカレンダー
1. アブダビ(アラブ首長国連邦) 2 月 13 日(金)、2 月 14 日(土)
2. 千葉市(日本) 5 月 16 日(土)、17 日(日) ※順延日 5 月 18 日(月)
3. ソチ(ロシア) 5 月 30 日(土)、31 日(日)
4. ブタペスト(ハンガリー) 7 月 4 日(土)、5 日(日)
5. アスコット(イギリス) 8 月 15 日(土)、16 日(日)
6. スピルバーグ(オーストリア) 9 月 5 日(土)、6 日(日)
7. フォートワース・テキサス(米国) 9 月 26 日(土)、27 日(日)
8. ラスベガス(米国) 10 月 17 日(土)、18 日(日)

浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki