他の交通機関と比較すると、民間航空の運賃は複雑怪奇に見える。単に「A空港とB空港の間の路線ならいくら」とシンプルに決まっているわけではなくて、購入のタイミングや時期・時間帯によって異なる割引の設定があるためだ。

○需要が少なければ安くなる

これを好意的に書けば「飛行機の運賃は弾力性がある」という話になる。購入後の変更に制約が加わる等のリスクを許容する代わりに早期購入によって安くできるとか(エアラインの側から見ると、早めに売り上げと席数を確保できることになると思われる)、需要が少ない時期・時間帯のフライトを安くして需要喚起を図るとかいう話になる。

飛行機でも鉄道でもバスでも、定期運送事業を行う場合、供給可能な席数は先に決まってしまうから、後はそれをどこまで埋めるかという問題になる。空席のままでも満席でも運行経費にべらぼうな差はないだろうから、安売りしても空席を埋める方が売り上げは増える、というのが基本的な考え方になるのだろうか。

それに、同じ路線で複数のエアラインが競合している場合、競合路線の動向も問題になる。同じ路線で同じ時間帯のフライトなのに、自社の方が高い運賃を設定してしまったら、ライバル社に乗客が流れるかもしれない。となると、ライバル社の動向も横目に見ながら運賃を決めなければならない。

実際、競合社のフライトがある場面で、需要ベースというより戦術的見地から値下げを仕掛けたと思われる事例は存在するように思う。

といっても、安売りの度が過ぎれば売り上げに響くから、どこでバランスをとるかという問題になる。すると、過去の実績に基づく需要予測がカギを握ることになる。人力で経験とカンに頼って数字を出してもよいが、コンピュータによるデータ解析の方が迅速かつ正確になると期待できる。

面白いことに、異なるエアラインの間で割引後の運賃が同じような水準に落ち着いてしまうことがある。どこの会社も同じような需要予測とロジックに基づいて運賃の割引幅を決定している結果なのか、それともライバルの動向を考慮に入れながら割引幅を決定した結果なのか。おそらく、その両方があるのではないだろうか。

航空機の話から脱線するが、最近の新幹線では列車種別ごとに停車駅を一律に決めないで、列車ごとに停車駅を変えながら割り振っていくことが多い。これも過去の実績や需要予測に基づき、最小限の運転本数で最大限の効果を追求することの現れといえる。

それはそれとして。

○オーバーブッキング

もうひとつ、過去の実績や需要予測がモノをいう場面がある。それが「意図的なオーバーブッキング」。

前述したように、できるだけ空席は少ない方がいい。ところが、ちょうどいっぱいいっぱいになるように予約を受けていても、実際には空港に来ない人がいたり、土壇場でキャンセルする人がいたりするものであるらしい。筆者はそういうことをやった経験はないが。

そこで、その手のドタキャンが発生することを見込んで、意図的に定員より多くの予約を受けることがある。それが意図的なオーバーブッキング。どれぐらい上乗せするかは、過去の実績に基づいて予測・決定するわけだ。

その予測が的中すれば、過不足のない、ちょうど満員(ないしはそれに近い)乗客を乗せて飛ぶことになる。ドタキャンが予測より多ければ、いくらか空席ができる。空席ができないに越したことはないが、逆の場合よりはマシだ。

逆の場合、つまりドタキャンが予測よりも少なかった場合にはどうなるか。ドタキャンを見込んでオーバーブッキングした席数が、実際に使える席数より多くなってしまうわけだから、あぶれる乗客が出る。

すると、「○○便をご利用のお客様の中で、後続の便に振り替えていただける方はいらっしゃいませんか?」などと放送して、志願者を募ることになる。当然、その際にはなにがしかの見返りを用意しなければならないだろうから、経済的には一種のロスが発生することになる。

つまり、意図的なオーバーブッキングは必要だが、どこまで精確に予測するかが問題になる。ドタキャンの数を多く見積もりすぎて、あぶれる乗客が出る事態はできるだけ避けたい。そこで予測の精度がモノをいうし、そこで使用するコンピュータ・プログラム(正確にいえば、そこで用いる予測ロジック)の出来・不出来が問題になるわけだ。

エアライン同士の競争が激しい昨今、運賃設定にしろオーバーブッキングにしろ、ギリギリの線を追求しなければならいだろうから、担当者は毎日、胃が痛む思いをしているものなのかもしれない。

なお、意図的なオーバーブッキングだけでなく、トラブルが出た機材がシップチェンジになった結果として定員が減ってしまい、それで「振り替え志願者」を募るケースもあるとかないとか。しかし、これはコンピュータによる需要予測とはまるで次元の違う問題だから、本稿のテーマからは外れてしまう。

○執筆者紹介

井上孝司IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。

(井上孝司)