【緊急特集「よみがえれ! 日本サッカー」(5)】

 ハビエル・アギーレ監督の解任劇の混乱が、今なお続いている。ドラガン・ストイコビッチ、チェーザレ・プランデッリ、グレン・ホドル、ミカエル・ラウドルップ......連日、後任の日本代表監督候補の名前が浮かんでは消える。

「●●監督に断られた」という報道もすでにあり、それによって「交渉の不手際だ」と非難する声も少なくない。

 では、交渉の内実とはどのようなものなのか。

 筆者は近著『おれは最後に笑う』(東邦出版)でザッケローニ監督が決まるまでの交渉を克明に描いている。その経験からいえば、日本のサッカー代表監督は一朝一夕の交渉で決まるものではない。

 例えば日本が2010年に交渉したマヌエル・ペジェグリーニとはいい線までいっていた。だが結局、チリ代表監督、もしくは欧州のビッグクラブと天秤にかけながら、マラガの監督を経てその後マンチェスター・シティの監督に決まっている。世界的名将の最前線は、常に「欧州」にある。アジアは向こう側の世界のマーケットに過ぎない。マルチェロ・リッピのような名将が中国のクラブの監督をしている理由は、14億円と言われる高年俸にあるだろう。

 一方、日本が用意できるのは年間2〜3億円。世界のトップ監督は3億円以上が相場で、ジョゼップ・グアルディオラは20億円以上を稼ぐ。代表監督選考のたび、未だに初恋相手のように名前が出るアーセン・ベンゲルも、年俸10億円と、交渉成立はあり得ない。

 こうした事情を、まずは踏まえるべきだろう。

 そもそも、「断られた」という報道も、先方が話しているだけで、日本サッカー協会から公式のアナウンスはない。

 南アフリカW杯後にザッケローニとの契約サインに至るまで、日本のマスコミは一時、テレビもスポーツ紙も、「ビクトル・フェルナンデス(サラゴサ、セルタなどを指揮し、攻撃サッカーを標榜するスペイン人監督)で決まり!」と騒いでいた。当時、V・フェルナンデス側からも代理人が出てくるなどして、好意的なコメントが出されていた。しかし実のところ、協会はなんのコンタクトもしていない。候補リストにすら入っていなかったのだ。

 当時、筆者はV・フェルナンデスのヘッドコーチに手を回して確認した。「なんの話も来ていない」との返答だった(欧州や南米の監督は、ヘッドコーチ、フィジカルコーチ、GKコーチ、戦略担当などがセットで動くことが多い)。

 監督交渉の世界は、虚々実々の駆け引きである。

 なぜV・フェルナンデスの名前があがったのか。V・フェルナンデスは当時フリーで、「私は引く手あまたの存在で、いつでも監督のオファーを受けるよ」と宣伝する必要があった。早い話が、就職活動中。その意味で、日本のメディアからのコンタクトはこれ以上ないきっかけだったのである。

<私は日本代表監督のオファーがあったんだが、あなたのところはどうなのかね?>というわけである。現在、乱れ飛んでいる名前も本当のことかどうかは定かではない。あるいは人物照会レベルで連絡をしていたとしても、それはオファーとは言えないだろう。彼らはそこで「断った」と発信することで失うものはなく(欧州での監督復帰が目的にあるため)、監督としての箔(はく)が付くのだ。

 監督交渉においては、交渉する側と監督(もしくはエージェント)がお互いの価値を探り合い、そのやりとりの中でサインまでたどり着く。嘘が真実に、真実が嘘になる。そうした世界である。

 サッカーファンはドラガン・ストイコビッチを代表監督として待望しているらしいが、国内でそれを煽るような報道は、交渉人にとってはいい隠れ蓑になるだろう。だから協会は「ありません」と、公には否定しない。交渉サイドにとっては、本当にサインしたい人間との接触を知られたくはないのである。なぜなら、その瞬間に当該人物の周辺は騒がしくなってマーケットが動き出し、他チームとの交渉も活発になってしまうからだ。

 ザッケローニ監督を探し当てた交渉では、原博実技術委員長(当時)と霜田正浩技術委員(当時)の二人がすべて取り仕切った。協会会長や幹部、さらには家族でさえも交渉の内容を知り得ていない。そこまで秘匿性がない限り、ザッケローニのレベルの監督(セリエAのACミラン、ユベントス、インテルという強豪を指揮、スクデットも獲得)を連れて来ることはできなかった。

 監督交渉は苦難の道になる。個人的には、今年は日本人監督に任せ、年内で監督交渉を進める(とりわけ6月は欧州シーズンの切り替えで交渉が動く)というのが、最善策に思える。さもなければ、本人は否定しているようだが、ザッケローニ監督招聘前にも名前があがったオリベイラも一つの選択肢になるかもしれない。

 交渉の噂が出ている中では、ザッケローニ路線を継承するなら、ミカエル・ラウドルップ(これも否定をするような報道が出ているが)が最適の人材だろう。かのデンマーク人監督はボールポゼッションを志向し、ピッチを広く使った攻撃プレイを愛する。浪漫を求める点は、ファンタジスタだった現役時代と変わらない。筆者はマジョルカ監督時代に取材したが、練習でボール回しに入ると、どの選手よりも上手かった。かつてクライフもそうやって選手を心酔させたが、一つのメリットにはなる。

 ともあれ、監督交渉はまだ二転三転するだろう。

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki