原油安の直接の引き金を引いたのは、米国で台頭するシェールガスに対抗したかったサウジアラビアの判断ともいわれるが、裏を返せばドル高相場に世界経済が悲鳴を上げているのである。そして、その裏には米国の利上げが少しずつ迫ってきているという事情がある…。

国際金融筋が定期的に開いている懇談会がある。オフレコなのでどこの誰かは言えないが、最近の同会合で筆者はこう聞いた。「エネルギー価格の低下により、ロシアなど資源国の経済が崩壊して、その影響が周辺国に広がる危険はないのか?」。
ちょうどその直前の昨年11月27日、OPEC(石油輸出国機構)が総会で原油の減産の見送りを決め、エネルギー価格が急落し始めていた。たとえば、ロシアの場合、売り筋が狙ったのが通貨のルーブルである。
ロシアは豊富な外貨準備を抱えているが、ウクライナ問題で西側諸国から資金調達面などで制裁を受けている。税収の3割が天然ガスへの課税によるもので、経常・財政収支の悪化に加えて、企業の資金繰りが懸念されていた。
対して、この国際金融筋の対応はあっけらかんとしており、こう答えた。「米国など西側諸国の経済にとってはプラスだ」。原油価格の低下は供給者から消費者への所得移転であり、「減税効果のようなもの」だという。同時期に公の場に登場したIMF(国際通貨基金)のラガルド専務理事も似たような反応だった。
そのほぼ2週間後、FRB(連邦準備制度理事会)が金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)を開いた。記者会見に登場したイエレンFRB議長は、エネルギー価格の低下と国際金融の関係を聞かれ、「影響する」と回答した。
声明文では、ゼロ金利政策を「相当な期間」維持するとした文言を修正したものの、「利上げ決定には狄品強い〞アプローチが必要」との表現を加えた。OPEC総会後の原油価格急落をきっかけに、資源国のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)や債券利回りが上昇し、「某国がデフォルトか」「アジア危機の再来だ」と市場が動揺したのを懸念したのだ。
シリア政府に肩入れするイランやロシアをけん制し、米国で台頭するシェールガスに対抗したかったサウジアラビアの判断が原油安の直接の引き金を引いたというが、裏を返せばドル高相場に世界経済が悲鳴を上げているのである。「ペトロダラー」という言葉があるように、ドル決済されている原油市況はドル相場の鏡なのだ。
2014年前半も新興企業株が急落した場面があったが、これは金利高懸念で割引率が上がったので企業価値が一気に下がった格好だった。今回はドルの価値が上がり、逆に原油の価格が下がったのだが、エネルギー高に張っていたヘッジファンドの損失覚悟の売りが入ったので、ノックアウトオプションのように振れ幅が大きくなったのである。
グリーンスパン元FRB議長がこのほどニューヨークのCFR(外交問題評議会)に登場し、金融政策の正常化に伴う市場の混乱を予想したが、大当たりだった。本年夏とされる利上げの「Xデー」が迫るにつれ、FRBがQE(量的緩和)で膨らませたバブルが1つ1つ破裂しているだけのことである。

松浦 肇
産経新聞
ニューヨーク駐在
編集委員
まつうら・はじめ/日本経済新聞記者、コンサルタントなどを経て現職。ペンシルベニア大ウォートン校、コロンビア大法科大学院、同ジャーナズム・スクールにて修士号を取得。



この記事は「ネットマネー2015年3月号」に掲載されたものです。