「新型うつ」という言葉ができて久しいが

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「いま、顧問先企業の管理職の頭を悩ましているのが、うつ病の診断書を持ってきて休職を願い出る社員の増加です。確かに勤務中は落ち込んだ様子ではあるものの、オフの時間になると途端に元気になる。それを見ていると、病気のようには思えないといいます。しかし、コンプライアンス(法令順守)が厳しく問われる時代になり、診断書を突きつけられると休職を認めざるを得ないのが現状なのです。いっそのこと、会社が指定する精神科医でセカンド・オピニオンを受けるように指示できたらいいのですが……」

 こう語るのは労務関係に精通したベテランの女性弁護士だ。

 少し古いデータになるが、厚生労働省の「患者調査」によると気分障害を含めたうつ病の患者数は1996年に43万3000人だったものが、2008年には2.4倍の104万1000人へ急増している。自分の職場のなかにもうつ病を訴える人が、1人や2人くらいはいるのではないか。女性弁護士が紹介した社員の例は典型的な「新型うつ」と思われる。この病気の特徴の一つが、責任感が乏しく、何かあると他人のせいにしてしまうこと。だから、休職することも当然と考えてしまう。都内で精神科のクリニックを開いている専門医は、呆れた口調で次のように話す。

「最近は、診療もしていないのに、先に『気分が落ち込んで仕方がなく、会社を休職したいので診断書を書いてほしい』と言ってくる患者さんが増えてきました。専門医ですから重篤な患者さんかどうかは、話を聞いているとわかります。ただ会社を休みたいだけなのではと疑わしいときは、『あなたの会社の人事担当者と連絡を取って、仕事の状況を把握してから判断しましょう』というと、ほとんどの人が再診を受けにこなくなりますね」

診断書を書くだけで医者は儲かるしくみ

 実は、この診断書は保険の適用外で、1通書くと3000円〜5000円が医師の懐にまるまる入ってくる。つべこべ言わずに、お客さまである患者のニーズに合わせていれば、売り上げアップにつながるのだ。ある精神科クリニックでは患者の要望に応じて、すぐに診断書を書いてくれることで人気を集めているという。こんなところの診断書を持ってこられても、会社側としたら素直に受け取ることはできないだろう。

 また精神科の専門医の間で問題になっているのが、「にわか精神科医」が増えていること。先の専門医は「いまの日本の医療制度では、昨日まで小児科や内科を標榜していた医師が今日からは精神科に標榜し直すことができるのです」という。厚労省の「地域保健医療基礎統計」によると、1996年に3198施設だった精神科のクリニックが2008年には1.7倍の5629施設へ急増している。

「精神科の治療はレントゲンなどの設備が不要で、元手をかけずに始められます。しかも、問診による診断がメインなのでCT画像や血液検査のような科学的なデータがなく、後で誤診が疑われても訴えられるリスクが少ない。“適当”といったら語弊があるが、単純に薬を処方して『はい、おしまい』といった、にわか精神科医がちらほらと見受けられるようになりました。こんなクリニックにかかったら、本来治るものも治りません」

 別な専門医はため息まじりに話す。別名「心の風邪」ともいわれ、身近な病気となったうつ病。しかし、その診療現場の状況に分け入っていくと、いろいろな問題点が浮かび上がってくる。

(取材・文/松本周二)