羽生結弦、キム・ヨナはなぜ頂点に立てた?コーチが語る緻密な戦略
 昨年2月のソチオリンピックで日本男子史上初の金メダルを獲得。その翌月に行われた世界選手権も制覇し、いまや世界のフィギュアスケートをリードする羽生結弦選手。その羽生選手をリンクの外から見守る、せんだみつお似の白人男性が気になるという人もいるのでは?

 ブライアン・オーサー。サラエボ、カルガリー五輪の2大会連続で銀メダルを獲得したかつての名スケーターです。現役を退きプロスケーターとしての活動を経て、いまでは世界各国の有力選手の指導にあたる当代きってのコーチの一人。そんな彼の著書『チーム・ブライアン』がいま話題を呼んでいます。

◆一流企業のようなシステムが必要

 それにしてもコーチである彼が、なぜ“チーム”という言葉をタイトルに据えたのでしょうか。その理由をこう語っています。

<これはビジネスと同じです。会社全体を見るためには、マーケティングの専門家、財務の専門家、広告の専門家などがいて、各分野のすぐれた人材を採用するわけです。(中略)
ユヅル、ハビエル、ヨナのような一流選手を抱えるには一流企業と同じようなシステムが必要で、ひとりでやろうとしてはいけません。仲間が欠かせないのです。>
(第5章 チーム・ブライアンのコーチング より)

 こうしてオーサーのチームは、振付師、ジャンプの専門家、スピンのエキスパートと各部門ごとに一流の人材を擁している。そのうえで合理的な指導が行われているのです。

 この彼のやり方が大きな実を結んだのが、バンクーバー五輪でのキム・ヨナ選手でした。日韓両国のメディアによる過剰な報道合戦も記憶に新しいところですが、そんな嵐の中、オーサーは一体どのように彼女を金メダルへと導いたのでしょうか。

◆連盟や審判が求めるものを探る

 そこには周到かつ冷静な戦略に基づく確かな自信がありました。それは、ISU(国際スケート連盟)が求めるものを正確にキャッチすること。チャンスがあれば審判団とも積極的に会話の機会を持ち、彼らが一体スケートにおいていま何を評価しているのかを探るのだといいます。

 そこで分かったのが、PCS(演技構成点)が基礎的なスケート技術に対する評価であること。そして、PCSとGOE(技の出来映え)は一つながりで評価されること。バンクーバー五輪でのキム・ヨナ選手のプログラムは、オーサーが自分の足で稼いだ正確な情報のもと、綿密に組み立てられたのです。

◆「ミスも受け容れる境地に至ってほしい」

 しかしオーサーの本当の繊細さは、試合を前にしたキム・ヨナ選手に対する以下のような心を尽くした気づかいにあるように思います。

<必要以上に落ち着くのではなく、いつも通りに落ち着くようにするのです。いつもと同じような立ち話をして、笑ったりしました。そのために、私は自分のボディランゲージに気を配っていました。ちょっとした隙に見せる手や表情の動きこそ、いつも通りであるべきです。>
(第2章 キム・ヨナ より)

 裏を返せば、ここまで自分を客観視できる人間に指導される選手は、決して手を抜くことができないのではないでしょうか。オーサーの選手を思いやる気持ちとまなざしが、そのまま質の高いコーチングにつながっていることを思わせるエピソードです。

 そんなオーサーがいま指導している羽生選手に贈る言葉も、また粋なものでした。

<すべて全力ではなく、リラックスする、ミスも受け容れるという境地に至ってほしいと思っています。>
(終章 ソチオリンピック後、未来へ より)

 一見温かい言葉のように思えますが、「完璧を目指す自分に酔うな」と言っているようにも読める。いずれにせよ、ブライアン・オーサーが奥行きの深い人物であることは確かなようです。

<TEXT/比嘉静六>