ホテルは客を選べない(写真はイメージです)

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 今、格式あるホテルへの敷居がぐっと低くなったという。バブル経済後の“失われた10年”の不況期を経験した後、さらに10年に及ぶデフレ期に突入、20年間で提供するサービスは変容し客層も大きく変わっていった。大阪市内のある高級ホテルの50代のホテルマンは、「経済動向が少しよくなってきたにもかかわらず、ホテルならではのラグジュアリー感、非日常感を提供できないのは残念だ」とその心情を明かす。

 客は高級ホテルに、格式、ラグジュアリー感を求めてやって来る。だが近年、高級ホテルにやって来る客はホテルが提供する格式、ラグジュアリー感そのものを理解していないという。

 その一例が、ホテルロビーにおけるペットボトル持込みだ。高級ホテルといえば、真っ先に名前が浮かぶ帝国ホテルロビーでも最近ではペットボトルを飲みながら、人待ちする姿が目に付く。こうした現状をホテル業界では会社の枠組みを超えて、「とても残念な傾向」(前出のホテルマン)と捉えている。

「格式あるホテルでは、その格を保つため社員には厳しく教育しています。立ち居振る舞いは常に優美に。また社員はどこにいても『○○ホテルの人』とどこで誰に見られているやわからない。なので私は電車・バスでの通勤はしたことがありません。いつも車です。それくらい気を遣うのです」(同)

デイユースの導入で客質が一気に低下した!?

 正社員、契約社員、アルバイト問わず、高級ホテルを自認するホテル関係者は、客に「夢を与える」商売であると考えている。ゆえにホテルマンには厳しく訓練された者にしな備わらない凛とした雰囲気が備わっている。そんなソフィストケートされたホテルマンの織り成すサービスと提供される空間に客は金を払う。と、ホテル側では捉えている。

ホテルが提供する空間から、お客様にはここでどう振舞うべきか。それを察して頂けたのは、せいぜいバブル期までです。いや、年配のホテルマンに言わせればバブル期以前まで。どちらにしても今はもうホテルが提供する空間とサービスをご理解頂けるお客様はいないですね」(同)

 高級ホテルにやって来る客層が悪くなった理由は、ひとつは「デイユース」が導入されたことが大きい。日中のある一定時間の客室利用を認めるこの制度は、言うまでもなく「高級ホテルラブホテル化」を招いたという。

「カップル利用、もしくは風俗嬢との利用と思われる客が増えました。それが悪いとはいいません……。ただ、私たちが気になるのは、そのカップルが客室をご利用される際のマナーです。」(同)

 カップル同士の利用後の客室は、避妊具、男女の体液などがシーツ、ソファにこびりついていることもある。ホテル側としては思うところはあるが、これはまだ我慢の範疇だ。絶対やめて欲しいのはアロマ系癒しを目的とするキャンドル利用、もしくはSM行為などに及んだ後のローソクなどの処理だ。

「浴室でキャンドルやローソクを垂らされると配管が詰まって後で利用されるお客様のご迷惑になることもございます。また写真もしくは動画撮影してその様子をアップされる際、うちのホテルとわかるとそれも辛いものがございます」(同)

 ローソクも困るが、さらに深刻なのは排泄物や吐しゃ物を客室内でぶちまける行為だ。これは性行為に限らず、酔客に多く、ホテル側は昔も今も苦慮している。

 マナーや文化の違う富裕層の中国人や韓国からの観光客が高級ホテルに宿泊するようになり、高級ホテルの格式が低下する事態となったのはよく耳にする話だ。しかし、一方で近年ではラウンジ、バーを低料金化したり、低価格で食べ放題バイキングを提供するようになって、マナーを心得ていない日本人の若年層も押し寄せた。また「お金さえ払えばいいのだろう」というモンスター客が増え、ホテルマンへのクレームも「土下座しろ」などエスカレートする一方だ。

 高級ホテルラブホテル化に加えて、客層が雑多になったことで高級ホテルの従業員が苦悩する日々は今後も続きそうだ。

(取材・文/鮎川麻里子 Photo by Jocelyn Kinghorn via Flickr)