アギーレは解任をどう受け止めているのか。旧知のカストロ記者が胸中に迫る。 (C) Getty Images

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 日本はアギーレを信じるべきだ――。
 
 メキシコ人指揮官とは旧知の間柄である『マルカ』紙のファン・カストロ記者が、『サッカーダイジェストWeb』にそう綴ったのは、解任の報が駆け巡る数日前のことだった。
 
 ハビエル・アギーレは、解任をどう受け止めているのか。カストロ記者が再びその胸中に迫った。

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 ハビエル・アギーレは数か月前から、この結末を予想していたと言う。ただ彼自身、この決定は不当だと考えている。
 
 現時点では告発が受理されただけで、有罪の判決が下ったわけではない――。それがアギーレの言い分だ。それでも、温かく迎え入れてくれた日本と日本人には感謝したいと言う。
 
 解任の一報は、マドリードの寒い冬の朝に訪れた。スペインで休暇中のアギーレは、その時、マドリードに滞在していた。もちろん、望んだ形での終焉ではなかった。しかし、彼自身にとっても、家族にとっても、それは驚きの知らせではかった。そのサッカー人生でおそらく最大の失望である今回の一件は、予測できたことだったのだ。
 
 アギーレは、日本サッカー協会内外で自身の解任を求める動きが高まっているのを感じ取っていたと言う。騒動の真っ只中に身を置く当の本人に、それが分からないわけがない。
 
 アギーレはいまでも自分は無罪であると固く信じて疑わない。2月末にスペインで始まる捜査にも彼は冷静に立ち向かうだろう。全身から発しているのは、自分は何も間違ったことはしていないという断固とした自信である。
 
 それではなぜ、アギーレは「この結末は数か月前から予想できた」と私に語ったのだろうか。その理由はいくつかある。
 
 まず、日本では告発の受理を非常に重く見る文化的背景と国民性があるということだ。
 
 以前に寄稿した原稿で繰り返し指摘したように、告発受理それ自体はスペインではほぼ何も意味しない。捜査が始まり、その結果によって公判が開かれる、そのスタートに過ぎない。
 
 くどいようだが、「告発受理=有罪」ではなく、罪が確定するのは以上の手続きを踏んだうえでだ。しかし日本では、告発自体を非常に重く見る向きがある。これは文化や国民性の違いでもあり、仕方のないことだろう。アギーレもその点は理解し、受け止めていた。
 
 アギーレが日本と日本人に対して恨みを持つことは絶対にない。アギーレにそう思わせるような態度を、日本人は取っていないからだ。
 
 それでも日本サッカー協会がアギーレの証言を待たずに、告発の受理という段階で解任に踏み切ったのは残念だった。
 
 任期途中での契約解除となったが、違約金はなかったと言う。アギーレはこの点では常に紳士的な態度を貫いており、これまで率いたクラブでも終わり方で揉めた過去は一度もない。
 ベスト8で敗れたアジアカップでの早期敗退は、解任という判断に影響を及ぼしたのか。直接の影響はなかったはずだが、解任を早めた可能性はある。では、優勝していれば解任はなかったか? それは今となっては想像することしかできない。
 
 日本はUAE相手に信じられないほど多くのチャンスを作ったが、それを決めきれず、PK戦の末に敗退した。不運とはいえ、敗退は敗退だ。日本サッカー協会はその後、告発が受理されたのかどうかを確認し、受理という答を得て解任の結論に至った。個人的には、早まった決断だったと思う。
 
 アギーレにとって解任を言い渡された2月最初の火曜日は、30年に及ぶそのサッカー人生で最も辛い一日だったのではないか。家族も肩を落としていた。ずっと近くで彼を見てきた私には、その心中は察するに余りある。
 
 解任の電話を日本サッカー協会会長から受けたその日、アギーレはずっと家族と過ごしていた。世界中の多くの記者が自分を探しているのは分かっていたが、その日は話す気にはなれなかった。熱意を持って取り組んでいたプロジェクト、日本代表をロシアの地で躍進させるという仕事を、いわば途中で取り上げられたのだ。
 
 結果的にアギーレは在任期間が半年と短命に終わった。アジアカップで結果を残すこともできなかった。それでも、その仕事ぶりは選手に好意的に受け取られていた。アギーレがもたらした新たなメソッドを誰もが新鮮に受け止め、意欲的に吸収しようとしていた。
 
 アギーレの目標は、日本サッカーに競争と勝負強さを植え付けることだった。良い流れに乗って進みはじめていただけに、失望は小さくなかったはずだ。
 
 いま、アギーレはともに戦った選手とサポーターに感謝している。本来なら直接彼らにさよならを言いたかった、と彼は言う。
 
 アギーレに対する日本の世論は二分していると聞く。しかし、どんな意見の持ち主に対してもアギーレは感謝している。この半年間、日本で受けたもてなしを、彼は忘れることはない。日本中どこへ行っても、日本人は愛情とリスペクト、節度を持って接してくれたのだから。
 
 アギーレの日本での冒険がこんな形で終わるのは残念でならない。しかし日本には日本の考えがある。アギーレ自身、それは十分に理解し、その考えや国民性を変えるつもりは毛頭ないと言う。
 
 アギーレの半年間には、ポジティブ、ネガティブの両面があった。
 
 ポジティブだったのは、彼が選手と日本サッカー界に「アギーレのサッカー」を提示し、それが広く受け入れられたこと。
 
 ネガティブだったのは、それがわずか5か月しか続かなかったことだ。
 
 アギーレが日本サッカーをどう変えるのか、それを見てみたかったのは私だけではないだろう。
 
文:ファン・カストロ(マルカ紙記者)
翻訳:豊福晋