さんまもハマッたAV女優・紗倉まなの自伝が大ヒット。AVが「天職」ってホンネなの?
 昨今、「風俗嬢」や「AV女優」をタイトルに冠したルポルタージュが数多く出版されています。「職業に貴賎なし」とはよく聞く言葉ですが、これらの職業が“特殊”だと思うからみんな覗き見したいのでしょう。

 そんな中、現役の人気AV女優・紗倉まなによる初の自伝エッセイ『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』が1月15日に発売されました。デビューから3年を経て、AV女優になったきっかけや撮影現場での裏話などが軽妙な語り口で綴られています。

(※紗倉まな:1993年生まれ。「14歳から夢だった」というAV嬢として2012年にデビュー、タイトル総売上枚数10万超の人気女優に。2014年10月には、明石家さんまとの“週1お忍びデート”写真が『フライデー』に掲載された。初の著書『高専生だった私が〜』は、一時、書店で売り切れ続出だったという)

 トヨタのウェブサイトをはじめとした各媒体でコラム連載を持つ彼女ですので、文章は極めて整って読みやすい。おまけにサービス精神も満点。高専生時代にやっていた陸上ホッケーという競技を、このように説明します。

<すごく大きくて硬い球をスティックでゴールに入れる>

 他にも男性読者の興味を引きそうな話題にひと通り触れる気遣いも見逃せません。「思わず濡れる男性の優しさとは?」や「プライベートでのセックスはこれが理想」といったトピックは鉄板。その“至れり尽くせり”感は、<嫌われることよりも、飽きられることのほうが、もっと怖い。>という正しいプロ意識のたまもの。

◆結局、「天職」と言う理由はわからなかった……

 そのうえで、本書の最も気になる点は紗倉まながAV女優という職業を天職だと考える理由です。タイトルにするぐらいですから、きっとそこには確かな根拠があるに違いない。だとすればそれを知りたいと思うのが人情というもの。

 でも、著者はそんな読者の期待をするりとかわしていきます。なぜなら、この本はあらかじめ“AV女優が天職である”という結論に基づいた職業論になっているからです。天職であるから、このように真剣に取り組む。そういった誠実さをもって向き合うのだから、天職なのだ。そうしたロジックで語られれば語られるほど、紗倉まなのナマの言葉から離れていく。

 そもそも、彼女がアダルトビデオを観たときの感想からして不可解です。

<アダルトビデオで見たセックスはとてもキレイで芸術的だったのに……。>

 もちろんどう感じるかは人それぞれです。しかしAVを観た人のほとんどの反応は、その反対でしょう。

 さらに女優を志した際の心境を語る文章も、なんともおぼつきません。

<ただ「セックスをしたい」という欲望ではなく、「裸になって自分を表現したい、プロとして仕事をしたい」という気持ちの方が強かったんです。(中略)

というのも、毎日通勤電車に揺られて会社に行き、代わり映えのしない会社員をしている自分のイメージが、その時にはどうしても浮かんでこなくて。>

 もうどこかで何度も聞いたことのある物言いです。こうしたお決まりのフレーズが出て来るたびに、紗倉まなという人の姿が見えなくなってしまう。気鋭の社会学者・鈴木涼美によるデビュー作『「AV女優」の社会学』のサブタイトルは「なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか」でしたが、ここでの紗倉まなは表向きは饒舌を装いながら、頑なにその心を閉ざしているように思えます。

<自分のことを好きにもなれず、自信も持てなかった。だからこそ、憧れだったAV女優という仕事をすることで自分と向き合い、殻を破りたかったのです。>

 本書は一見フランクに何でも語っているように見えます。でも、そのほとんどは「AV女優」という主語でなくても通じる文章なのです。すると、“たった一つの天職”という言葉が取り残される。そもそも本当にそう思っているのだろうかという疑問さえ浮かんできてしまう。

 彼女がAV女優になることを告げたときに、母親は「よく分からない子ね」と答えたといいます。それは同時に、本書の一読者としてのウソ偽らざる感想でもあります。

<TEXT/比嘉静六>