若林正恭

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30日放送の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)で、元・大事MANブラザーズバンドの立川俊之が自虐や毒舌を披露して出演者を大いにわかせた。

立川は1991年にデビューした大事MANブラザーズバンドのボーカルとして活躍し、代表曲「それが大事」は160万枚を売り上げるヒット曲となったが、その後ヒットに恵まれず、1996年に同バンドを解散した。

かつてのバンド時代と打ってかわり、ハットをかぶって髭を蓄えた風貌で教壇に立った立川は、冒頭から「『それが大事』を24年間歌ってきました。そうしたらですね、何が大事か分からなくなってしまった」と語り、生徒役の出演者一同を大ウケさせた。

立川は、デビュー後1枚目、2枚目のシングルは“完全にドンズベリ”だった、次売れなければ後がないといわれて作った曲が「それが大事」だった、大ヒットしたが自分で作ったハードルを越えることができなかった、バンド名の由来はねつ造で本当は「なんか語呂がいいよね」というだけだった、などぶっちゃけエピソードを連発していった。

そして今回、惜しみなくヒットソングの作り方を教えるという立川は、まずオリコン調べによるCDの購買層が「中学生から20代」が全体の約4割を占めていることを説明した。

立川は「そういう人たちにウケるような曲を作る“魔法のフレーズ”というのがあります」と続け、例として「桜が舞い散る」を挙げ笑いを誘った。

生徒役の若林正恭が大ウケしながら「腹をくくりすぎ」とツッコミを入れたが、気にすることなく立川は「この時期になりますと、J-POP界はやたらと桜を舞い散らかしやがります」と、毒舌を披露した。

さらに、もう1つ“魔法のフレーズ”として「きっと ずっと」を挙げて「みんな使うでしょ?これは。小さい『っ』が入るとリズミカルになるということでしょうね」と分析した直後、立川は「しかし、この2つしかボキャブラリーねぇのかと思いますけどね」と再び毒を吐いて笑いを誘った。

そんな立川に対して若林は「なんか坂上(忍)さんに初めて会った時みたいだ。あのヒリヒリ感!」と例えた。

立川はその後も「歌で伝えたいことが無い」などミュージシャンらしからぬ発言を連発したが、最後は「自分のしくじりから学んだ一番言いたかったこと」として「自分にとって何が一番大事か考えていく、そのこと自体が大事」と締めくくった。

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