Tシャツ、ジーンズ、スニーカーといったシンプルなアイテムをあわせたコーディネイト「ノームコア」が、昨年からトレンドになっている。そのスタイルの代表例として故スティーヴ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグが挙げられるが、ノームコアが真に指すのはファッションではない。ファッションに対する価値観が「モノ」から「コト」へ変化していることを示しているのだ。

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さよなら年齢:ぼくらの永遠なるユースモード

インターネット以前、外見から人々の本音を知ることは不可能だった。しかしインターネットの爆発的な普及を機に、人々はいとも簡単にオンライン上で“こころのうち”を晒すようになった。

われわれは知っているはずだ。世代に共通するステレオタイプは確かに存在するが、それがすべてではないことを。子どもたちの大人びた意見に驚かされるかたわら、いい年をした大人がひどく子どもっぽい言動をしたりもする。若さ(ユース)とは、年齢に左右されるものではない。それはこころのうちを象徴する個人のスタイル(モード)のことであり、肉体の老いとは無関係なものである。

「人の行動を読み取るとき、年齢そのものよりも、精神的・心理的要因の方が大きく行動に反映します」と、『WIRED』UK版に話すのは、K-HOLEのエミリー・シーガルだ。

「世代を相手取ってどうこうしようという古いビジネスはもう上手くいかなく、終わったも同然です。それをわかっていながら、誰も進んで新たな解決案を提示しようとはしませんでした。わたし達は、“若さ”とは何かを再定義しなくてはならないんです」

「若さ」を指し示すパラメーターとして、もはや「年齢」は意味をなさない。メインストリームから外れて個性を主張したり、偽善を暴露するといった行動は、年齢の影響があるだろう。しかし若さの他の気質──新しいものに敏感で、とりあえずトライしてみる。過去に批判的で、変化を受け入れる。社会性はあるけれど、ときに反抗的で、なにより自由である──といったような「ユースモード」とは、永遠なのだ。

米ニューヨークを拠点とするK-HOLEは、世の中のトレンドを探り、集団的な文化を客観的に捉えてレポートするグループである。彼らはBOX1824(消費、行動、技術革新における動向を調査するブラジルの機関)と共同で、デジタルネイティヴと呼ばれるミレニアル世代がこれまでの世代セオリーに当てはまらないのを踏まえ、現在の集団的価値観を形容する用語をつくり出した。デジタル世代の「ユースモード」が引き金となって発生したとされる青年期のアイデンティティ、「マス・インディ」と「ノームコア」がそれである。

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マス・インディ:移り変わる文化と自己アイデンティティ

これまでの世代トレンドを踏襲しないデジタルネイティヴ世代は、マーケターを悩ませてきた。「ユースモード」により年齢のコンセプトは無くなりつつあり、人口統計分析や一定の時間幅によるコーホート分析は意味をなさない。

K-HOLEのエミリー・シーガルは、インターネットの普及とグローバル化により、人々は「自分が特別であること」に対するクライシス(危機感)を覚えているのだと、その理由を挙げている。世代トレンドのシフトの裏側に、情報の透明化がもたらした心理的クライシスがひとつあるというのだ。

「わたしたちがこのレポートで伝えたいのは、特別であることに対するクライシスは、もはや若者のものだけにとどまらないということです」と、シーガルは『WIRED』UK版のインタヴューで語る。ネットの普及やグローバル化により、自分が感じる「特別」とは、さほど個性的ではない事実が露呈してしまった。そのため若者に限らず大勢の人々が、ユニークであること──つまり自分らしくあることへのクライシスに陥っているのだという。

変わった考え方、人目を引く奇抜なファッションスタイル、他者とは違う行動。これらはすべて自分と自分以外を分け隔て、自己分化を促し、個性に誇りをもたせてきた。

しかしインターネットは、個性溢れる存在とはその土地だけのものであるという無慈悲な事実を暴いた。違いを追求する人々はネット上にありふれていて、「他と違う個性をもつ人々の集団」として社会の目からひとくくりにされる。途端に彼らは多様化した特別の中で、没個性的な存在となる。皮肉が詰まった言葉、「マス・インディ(Mass Indie:[Mass(集団) Independent(バラバラ)]」の誕生だ。ヒップスターやパンクと呼ばれる集団も、マス・インディのひとつの形態である。

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「YOUTH MODE:A REPORT ON FREEDOM」はK-HOLEのサイトからダウンロードできる。

K-HOLEによると、マス・インディからは、文化がどのように変化していくかが垣間見られるという。違いを追求してきたはずなのに、いつの間にか相違自体が均一化され主流となっている。マス・インディのこれがどういったことかを追求すると、興味深い集団心理が見えてくる。つまり「文化」と「自己アイデンティティ」は切っても切れない関係にあるということであり、人々はめまぐるしく変わるトレンドに自己を重ね合わせて個性を表現しようとするということだ。

しかし多様性を重視したトレンドは巷にあふれ、その飽和と流れの速さに人々は疲弊するようになった。そこで創発的に生まれ出てきたのが、少なくとも外見上では究極に平凡であることをあえて選ぶことが流れの速い世の中で逆に個性を際立たせることになるという、「マス・インディ」とは間逆の“究極の普通”、「ノームコア(Normcore)」と呼ばれるトレンドなのである。

同一性とは自分と他者を繋ぐ接点である:ノームコアの哲学

ノームコアは、普通(Normal)であることと、究極(Hardcore)であることを組み合わせてつくれらた造語だ。それは他者との境目を模索するマス・インディの「自己分化(Self-differentiation)」よりも、「自己同一性(Self-identity)」、または、「自分らしさ」の追求を優先するモデルであり、デジタル世代の若者たちの多くが、インターネット、情報、テクノロジーなどを通してたどり着く概念だという。

ノームコアは、外から見れば決して自己主張しすぎることなく周りにまぎれ、一種のアーバン・カモフラージュとも取れる服装を選ぶ。しかしそれは単に“普通”であるだけではなく、個人の自己アイデンティティに沿っていなくてはならない。

「真にノームコアである人々は、“普通”など存在しないことを知っている」とレポートにもある通り、「ファッションがその人の本質を決めるのではない」という哲学が彼らの根底にある。どんなに平凡な格好をしようが、普通にふるまおうが、自分は十分個性的でユニークな存在だと知っており、それをわざわざ他人にわかるように公表しなくてもよいと考えるのがノームコアなのだ。

Cara Delevingneさん(@caradelevingne)が投稿した写真 -

ユニークでひょうきんな性格が人気の英国人モデル、カーラ・デルヴィーニュ。太い眉がチャームポイントで、シャネルやバーバリーをはじめとする名だたるブランドの広告にひっぱりだこだ。

「昔、人は集団に生まれ、その中で自己を探さなくてはならなかった。しかしいま、人は個性的に生まれ、自分に見合った集団を探し出す時代がきている」と、K-HOLEはデジタル世代の傾向を指摘する。

かつての自己フリーダムは、集団からの分化によりもたらされたものだった。しかし人と違うことへの追求は、“特別”の奪い合いのさなかで細分化し、われわれを集団から孤立させてしまった。逆にノームコアは、自分が特別であるという思想を捨て去ることである種のフリーダムを得る。

変哲のない平凡なスタイルこそが、他人との同一性による接点を生みだし、マス・インディには欠けていた親密な関係が生まれる。デジタル時代におけるアイデンティティクライシスからの解放は、外見の違いを追求するのをやめることで達成されつつある。個性の主張を外側から内側に向けるムーヴメントがノームコアと呼べるのかもしれない。

移り変わりの早い時代だからこそ、「自分は、自分のままでいい」という揺るがない礎が必要とされていることが、ファッショントレンドを通して顕著化されてきたのだろうか。いずれにせよ、ノームコアのスタイルに決まった型はなく、K-HOLEとBOX1824がたどり着いたその概念はファッションだけにとどまらない。どんなスタイルをもってノームコアと呼ぶのかは、平凡のなかに自己アイデンティティを表現することのできる、あなた次第なのだ。

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