全体に純白といえる脂に包まれている。しゃぶしゃぶにすると、その脂が旨味のもとであることがよく分かる。身でもスープでも。

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20年ほど前に著した『味覚の探求』で、「味覚とは何か? 美味しいとはどういう意味か?」という根本的な問題に正面から取り組んだ著者が、いま改めて、あぶら(油・脂)の持つ旨さとは何かを検証する、「味覚の探究」の新シリーズ、開幕! 日本だけで見ても、天ぷら、油揚げ、飛竜頭(ガンモドキ)、キンピラ…等々。そしてもちろん欧米でもアジアでも、鴨のコンフィやココナッツミルクなど油脂を使った食べ物に際限はない。原初的な疑問として、油脂はホントに“太るもと”なのか? はたまた動物の脂と植物の油とは何が違うのか? 洋の東西を問わぬ<油脂の食文化>の広がりをレポートするとき、アブラは何を語るのか――。

滋賀・余呉湖のほとりの「徳山鮓」で
“新しい天体”を発見!

 脂は美味しい。

 ダイエットが切実な身としては、あまり考えたくない、できれば否定したい現実を突きつけられた。ぐうの音も出ない。脂を食べるためだけのためにだって、雪深いところへ新幹線を乗り継いで行きますとも……。

「徳山鮓」。鮓(すし)といっても、いわゆる寿司屋ではない。フナズシという伝統的な発酵食品、ナレズシ(馴鮓)を自ら作り、供することから始めたところであることを、その名にとどめる。矜持のようなものである。そのフナズシも素晴らしいアレンジをして、食べ慣れない人間でも唸るように供してくれるのだけど、まあ、別の話だ。ややこしくなるから止めよう。機会があれば、改めて。

 一言でいってしまえば、料理屋にして宿である。余呉湖、つまり、戦国時代の賤ヶ岳の戦い(加藤清正らの七本槍で名高い)のあの賤ヶ岳で琵琶湖と分かっている、滋賀県でも北の果ての小さい湖のほとりにある。コンビニの一つも集落にないような田舎。

 私自身はフナズシが好きで、その美味しいところと紹介されて訪れた。それが美味しいだけでなく、地域の自然をそのまま食べさせてくれるようなところ、そして、それがとんでもなく美味しいために虜になった。せっせと通った。春には山菜。夏には湖からスッポン、そして、ウナギ等々(合わせる山椒や山葵だって、山から自分で採ってくる)。秋にはまた山のキノコ。そして、冬にはジビエ。

 イノシシもカモも当然のように美味しいが、一つだけ選べと言われればクマである。それも脂身。申し訳程度に赤身があって、その脇にたっぷりと真っ白な脂。赤身が一に白い脂が九といったところ。つまり、ほとんど脂。

 それが生のまま、大皿に盛り付けられて登場した時には、正直いってちょっと引いた。何を好きこのんで脂の塊を食べなくてはならないのかと。すでに十分、自分のお腹周りに蓄えているぞと。

 ところが。それをしゃぶしゃぶにして食べて驚いた。心底、驚いた。サヴァランなら「新しい天体」という発見の味。脂に味がある。それが旨いのだ。しみじみとした滋味。深い旨味。

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