『マーケティングの嘘 団塊シニアと子育てママの真実』(新潮新書)

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 昨年11月に、30代〜40代の子育て夫婦600名を対象にした「家事と夫婦生活に関する意識調査」の結果が発表され、"手抜き"が許せない家事1位は男女ともに「料理」が選ばれた(調査=東京エレクトロン デバイス)。近年、ネット掲示板では「メシマズ嫁(料理が下手な嫁)」が話題になり、しばしば女性の料理離れが叫ばれる。しかし、それに異議を唱えるのが、『マーケティングの嘘 団塊シニアと子育てママの真実』(辻中俊樹、櫻井光行/新潮新書)だ。

 マーケティング業界で長い経験を持つ著者の辻中氏は、一定数の消費者にアンケートを採るというこれまでマーケティングの王道だった「定量調査」ではなく、消費者に1週間の日記をつけてもらう「生活日記調査」を取り入れた。それによって、いままでの"作られた消費者像"ではなく、現代に根ざした消費者の姿が見えてきたという。

 その代表例が、子育てママの料理である。著者たちは、2歳未満の子を持つ母親を「ポストマタニティ」と呼んでいるのだが、彼女たちの料理は、たしかに「時短」「簡単」「手抜き」に傾向が強いという。ただ、「生活日記調査」を見てみれば、その実、40代〜50代よりも「まごわやさしい」(まめ、ごま、わかめ、やさい、さかな、しいたけ、いもの頭文字をとった標語)を重視した食事を手作りしていることがわかった。「まごわやさしい」に代表される"伝統的な和食"は手間ひまがかかるイメージだが、この矛盾はどういうことなのだろうか。

 ここでポイントとなるのは、「時短」「簡単」「手抜き」の捉え方である。

 例えば食事のメニュー。ポストマタニティの家庭で「まごわやさしい」食事がメインになるのは、乳幼児と大人のメニューは異なるという前提にある。乳幼児は、油を多用しているものや味付けが濃すぎるものは食べることができず、まめやかぼちゃ、根菜を煮たものがメインとなる。そのため、母親は味付け前に幼児用にとりわけ、残ったものを大人用として調理し、おかずの1品とする。実に効率的な調理だと思うが、見る人によっては「手抜き」に思えるのかもしれない。

 調理にしても、似たようなことが起こっている。「若い世代の料理離れ」といわれるゆえんに、家庭内の包丁の少なさがあるという話を聞いたことはないだろうか。本書の調査家庭でも、万能包丁が1本だけという家庭があった。だが、それは料理離れとはまったく無関係であることが明らかになったのだ。なぜなら、ポストマタニティのママはスライサーやピーラーを使いこなしているからである。著者も「包丁があるかないか、それを上手に使えるかどうか、料理するかどうかの判断軸にしようとする発想そのものが、すでに実態からズレた過去の遺物なのだ」と言いきっている。

 煮豆や煮物といった一見時間がかかりそうな料理も、IHヒーターがあれば、鍋に入れてタイマーをセットすればあとは自動調理状態。できあがったものはジップロックなどで保存し、必要なときに必要な分だけ使うことができる。便利なアイテムで料理を「簡単」にし、「時短」に務めるのが現代主婦のスタンダードなのだ。

 毎日の献立を決める際も、レシピコミュニティサイト「クックパッド」を使いこなし、手元にある材料を生かす。料理研究家ではなく一般人のレシピということで軽視されがちな「クックパッド」だが、「子どもに喜ばれる」などといった文言がレシピに添えられるため、子育て中のママとしては最も参考になる「集合知」なのだろう。著者も「料理上手への道は、包丁よりもクックパッドをうまく使いこなすことにあるのだ」と語っている。

 調査結果を見てみると、たしかに「これまでの主婦の料理」とは大きくかけはなれた、ポストマタニティ世代の料理の実態が浮き彫りになった。調理過程は大きく変わったが、子育てや仕事に追われながらも、子どものために健康的なメニューを用意する真面目さや、子どもへの愛情は上の世代と変わっていない。むしろ不必要な手間や時間を省き、他の家事や子どもとの時間に回しているのであれば、優秀な主婦と言えるであろう。「手間ひまこそが愛情」という価値観に縛られているようでは、現代の親の本質を捉えることはできない。そしてその思い込みこそが、真面目に家事や子育てに向き合っている母親を追い詰めるということも自覚しなくてはならないのだ。それはもちろん、母親本人にも言えることだろう。
(江崎理生)