関西圏を中心に圧倒的人気を誇った、やしきたかじんさんが亡くなり、はや1年が立ちました。

そんな中、現在ネットを中心に世間を騒がせている『殉愛』騒動をご存知でしょうか。『殉愛』は、2014年の11月に幻冬舎から発刊された、作家・百田尚樹さんのノンフィクション作品で、出版不況と言われる中、初版25万部という部数の多さが話題を呼びました。しかし、発売後さまざまな疑惑が噴出し、近年まれに見る大騒動となっています。

『殉愛』とは?

『殉愛』は、「かつてない純愛ノンフィクション」として銘打たれた作品。やしきたかじんさんの闘病生活と、それを献身的に支えた32歳年下の妻「さくら」さんの絆と愛を描いています。百田さんは、このさくらさんを含む関係者各方面に取材を進め、執筆したのだとか。発売日当日にはテレビ番組『中居正広の金曜日のスマたちへ』でも大々的に取り上げられました。

献身的な妻さくらさんは重婚していた?

こうして刊行された『殉愛』ですが、本書中に書かれている内容の事実関係について、いくつかの疑問が投げかけられることに。

まず、「さくらさんは不倫、または重婚していたのでは?」というもの。発端はネット上で、たかじんさんと結婚する前のさくらさんとおぼしき人物のブログが特定されたことでした。『殉愛』とそのブログの時系列を照らしあわせてみると、たかじんさんと出会い、求婚された当時は年下のイタリア人男性と結婚していた様子なのです。結婚式の画像まで「発掘」されました。

「事実に反する」長女が出版元相手に訴訟

次に、たかじんさんの長女Aさんを始めとする複数の関係者が、「『殉愛』中で描かれていることは事実に反する」と反論。かねてからたかじんさんとの不仲を噂されていたAさんですが、この件について、『殉愛』出版元の幻冬舎を相手に訴訟を起こしています。

さらに、たかじんさんが遺したとされる膨大な「メモ」。この中には、たかじんさんの筆跡でないものも含まれているのではないかという疑惑も出ています。

こうして幕を開けた『殉愛』騒動。内容に関する疑問として多いのは「ノンフィクションと銘打っておきながら、事実を正確に描いていない」という声です。前述のようにさくらさんは結婚・離婚歴がありますが、『殉愛』作中ではそのことについて触れられていません。「意図的に隠したのでは?」という指摘に対し、百田さん本人は「(さくらさんの離婚について書くか)迷った末に書くのをやめたが、この判断は結果的には失敗だった」「すべては私のミスである」と発言。また、書くのをやめた理由について「たかじん氏がそれを公表することを望んでいなかった」と説明しています。しかし、百田さんは生前にたかじんさんとの面識はなく、これらの「情報」はほとんどさくらさんから伝えられたものなのだとか。

また、「取材が一方的過ぎる」という声も上がっています。『殉愛』の内容は主にさくらさんへの取材と、彼女が記した看護日記を元に構築されていますが、それではさくらさんサイドの視点でしかわからないではないか、というものです。たかじんさんのヒット曲『東京』を作詞した作詞家の及川眠子さんら複数の著名人も、ツイッター上で疑問を呈するツイートを行っています。

ファンも多ければ敵も多い、ベストセラー作家の百田さん

百田尚樹さんといえば、大ヒットしたベストセラー『永遠の0』や、2013年本屋大賞を受賞した『海賊とよばれた男』の作者で、今をときめく売れっ子作家。同時にバリバリの保守系文化人としても知られていて、ツイッターなどでも過激な発言や応酬を繰り返してきました。つまり、ファンも多ければ敵も多いという立場。『殉愛』騒動については思想上の右も左も関係ないのですが、今回の騒動がここまで発展した背景に、上記のようなことも一因となったという側面はあると見ていいでしょう。

また、百田さんがベストセラー作家であり、複数の出版社に影響力を持つからなのか、「百田さんの疑惑を追及する雑誌が少ない」ことを指摘する人も。直木賞作家の林真理子さんは連載を持つ『週刊文春』で「この言論統制は何なんだ!」と発言しました。

遺産目当てで結婚した? 「後妻業」を指摘する声も

騒動の大きな原因となっているのが各種の利害関係です。「ナニワの視聴率王」の異名を取ったたかじんさんですが、彼の映像権は未亡人となったさくらさんが一手に握っていると言われています。映像権のほかにもたかじんさんには巨額な遺産があり、この行方が注目されています。

そして、『殉愛』騒動における最大の疑惑、それは「さくらさんはお金目当てでたかじんさんに近づいたのではないか?」というものです。さくらさんが以前書いていたブログにはブランド好きであることやタクシーを頻繁に使うことなど、派手な様子が綴られていました。また、たかじんさんが亡くなったのは2014年1月ですが、さくらさんとの結婚はそのわずか3か月前。

『金スマ』や『殉愛』で描かれた「献身的な妻」というイメージと、その後判明した「重婚疑惑」や「ブランド好き」などのギャップもあって、真実は何なのかに注目が集まっています。一部では「後妻業(※)」を指摘する声も。

(※)後妻業とは?
作家の黒川博行さんによる、直木賞受賞後の第一作目に発表された『後妻業』は、高齢の独身男性に女性が遺産目当てで近づき、“罠”にはめる様子をリアルに描いた作品。昨年報じられた「京都連続不審死事件」に見られるような、高齢の独身男性に女性が遺産目当てで近づいて結婚するケースなどが、同書のタイトルにならって「後妻業」と呼ばれています。

長女が百田さんの発言について人権救済の申し立て

いまだ収束する気配のない『殉愛』騒動。これからいくつかの関連する裁判も始まります。また、1月19日には、たかじんさんの長女Aさんが百田さんのツイッター上での発言について、東京弁護士会に人権救済の申し立てを行いました。百田さんはAさんが出版差し止めの訴えを起こした際に「裁判となれば、今まで言わなかったこと、本には敢えて書かなかったいろんな証拠を、すべて法廷に提出する。一番おぞましい人間は誰か、真実はどこにあるか、すべて明らかになる。世間はびっくりするぞ」といったツイートを行っており、これに対しての申し立てと思われます。

百田さんの思惑通り「すべて明らかになる」かはわかりませんが、公判の中で今まで知られていなかった事実関係が明らかにされることもあるでしょう。多くの疑惑が解消され、一日でも早くスッキリと沈静化する日を願いたいものです。それがきっと、やしきたかじんさんへの最大のご供養になるはずです。

(藤井弘美)