遠藤(追手風部屋)が変わった。初場所は6勝9敗に終わったが、相撲内容が明らかに変貌を遂げた。左四つから右の前まわしを引いて、くらいつく取り口から、立ち合いで突っ張って、前に出て攻めるスタイルへ進化したのだ。

 北の湖理事長も「今の相撲でいい。成績が上がらなかったのは、勝ち運がないとしかいいようがない。前に出る圧力がついている」と高い評価を与えた。遠藤を変えた裏側に何があったのか。師匠の追手風親方(元幕内・大翔山)がここまでの道のりを明かしてくれた。

 昨年は初場所で11勝を挙げ、敢闘賞を受賞。遠藤フィーバーが一気にピークとなった3月場所(大阪)では、東前頭筆頭まで番付を上げた。ただ、大関・稀勢の里を破るなど健闘したものの、6勝9敗と負け越した。

 東前頭4枚目に落ちた5月場所では、横綱・鶴竜から金星を奪ったが、7勝8敗と横綱、大関の分厚い壁にはね返された。7月場所(名古屋)では8勝7敗とかろうじて勝ち越したが、西の筆頭に戻った9月場所では3勝12敗とかつてない大敗を喫した。

 当時、優勝31回の元横綱・千代の富士の九重親方は「まだまだ立ち合いが甘い。アマチュアだよ。相手を押す圧力がつかないと大関はおろか、三役だってまだまだだ」と断言。これは、九重親方だけでなく大多数の親方衆の遠藤への評価だった。

 日大相撲部時代にはアマチュア横綱となり、国体も制した。卒業後、幕下10枚目格付け出しで、2013年3月場所にデビューし、わずか2場所で十両に昇進。新十両場所で優勝し、所要3場所と瞬(またた)く間に新入幕を果たした。甘いマスクもあって、久々に現れた日本人の新星として人気も急上昇。大きな期待と注目を集めたが、上位の壁は厚かった。

 さらには、追って逸ノ城(湊部屋)という怪物が出現し、存在感も薄くなった。昨年の11月場所(福岡)、番付は西前頭8枚目に落ちて、中日まで2勝5敗と負けが混んだが、そこから一気の8連勝で勝ち越して、初場所は何とか幕内上位に戻った。

 昨年の初場所後は「大関候補」という冠が付いたが、いまや「人気力士」に格が下がってしまった。再び大関候補と呼ばれる日が来るのか? 果たして遠藤は変わったのか? 新春の土俵で注がれた焦点は、まさにそこだった。

 変貌は初日から表れた。202kgの"怪物"関脇・逸ノ城を、立ち合いから豪快な突っ張りで一気に押し出したのだ。北の湖理事長は「この相撲でいい。こういう前に出る姿勢で取るなら、次へつながります」と評価した。

 6日目の横綱・白鵬との一番でも遠藤は前に攻めた。横綱の強烈な張り差しと、荒いかち上げを食らっても、ひるまず前に前に出た。敗れはしたが、ひたむきに攻めた内容に館内から大きな拍手が起きた。土俵際の粘りも増していた。9日目の栃ノ心戦。投げの打ち合いとなって土俵際で栃ノ心の右の下手投げをこらえて左から小手を打った。額から土俵に落ちて、左側を大きくすりむき出血したが、手をつかず顔から落ちる力士の基本を実践して白星をつかんだ。

 北の湖理事長ら協会幹部も認めるように、取り口が「変わった」遠藤。師匠の追手風親方は、その裏側に"変わらない"遠藤の哲学があったと明かす。

「あいつは、初土俵からこれまで一番も立ち合いで変わった相撲はないんです。変化すれば、勝てた相撲もあったかもしれません。でも、変わって勝ったって、先につながらないということを遠藤自身がわかっています。真っ向から勝負して負ければ、今、自分にどこが足りないのか。なぜ負けたのか、敗因がわかりますよね。去年、期待されて上位に負けて、確かに成績は残せませんでした。でも、一番たりとも変化しなかったことで、身をもって自分に足りないものを痛感した。その変わらない哲学が今、ようやく形になってきたんだと思います」

 将来の大関、横綱と注目された昨年。負け越しが続き、確かに期待を裏切ったかもしれない。しかし、遠藤はその黒星の裏側で、自分に足りないものをつかんでいたのだ。変わらない相撲を頑なに続けたことで今、上位に通じる力をつけ始めた。それが初場所の変貌した取り口に表れたのだ。

 14日目の琴奨菊戦。今の角界で、立ち合いからの出足と圧力は随一と言っていい大関。遠藤も過去4戦全敗で、立ち合いから一気に持っていかれる展開を繰り返し、まったく歯が立たなかった。ただ、今回は一歩も引かず、すさまじい圧力を全身で受け止め、右ののど輪で大関の上体を起こすと一気に引き落として勝った。引き落としは、相手に圧力をかけなければ決まらない技と言われる。課題だった圧力不足が解消されつつある遠藤の進化を象徴する一番だった。

 追手風親方は続ける。「立ち合いで変化するなと、私は一度も言ったことはありません。それは、あいつの中の相撲に対する考え方、美学なのだと思う。その頑固な姿勢がようやく身になりつつある。周囲からは『もっと出稽古しろ』とか言われてますけど、私は、遠藤のやり方を貫けばいいと思っています。そこで勝てなければ、また自分で考えるでしょうし、考えなければ、それまでのことだと思います。強くなる力士は、最終的に自分なんです。周りが『やれやれ』って言っても、ダメなものはダメ。自分で考えて行動する。これが強くなる力士の基本。遠藤には、それが備わっていると思っています」

 入門から指導を続けている追手前親方が感心していることがある。「こっちが黙っていても遠藤はしこ、鉄砲、すり足の基本を徹底的にやっている。これほど、相撲に対してまじめな力士は珍しい」。

 千秋楽。遠藤は成長を見せた15日間を「プラスに考え自信にしていきたい。まだ、課題はたくさんあるし、一つ一つ克服したい」と振り返った。言葉からは確かな手応えを感じていることがにじみ出ていた。

 もう一人のホープ、怪物・逸ノ城は変化が増えて、3場所目で壁に当たり、今場所初めて負け越した。人気の遠藤、実力の逸ノ城と言われたが、遠藤は決して変化をしなかったからこそ、着実に進化を遂げている。3月場所はさらなる飛躍が期待される。デビューから3年目を迎える大阪で、ひと回り大きくなった遠藤が見られるに違いない。

福留崇広●文 text by Fukutome Takahiro