ホリエモンこと堀江貴文氏は、相続税を100%にして財産は自分で使い切ればいいと持論を明らかにした。

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 2015年1月1日から相続税制が改正された。基礎控除は4割カットで課税対象者も増えるという。そんなこんなで、最近、ウェブ上でも相続税を扱ったニュースをよく見かけるようになった。

 実は私は相続税100%論者である。家族であるからという理由で、ある程度の財産が空から降ってくるというのは、私にはどうにも理解できない。

 正直、宝くじのようなものだろう。もちろん歴史的にはそうやって莫大な財産を相続した2代目、3代目が、ある意味パトロンとなって芸術や文化を花開かせてきた歴史があるのも理解している。しかし、今やそういう時代ではない。NPOや財団などへの寄付、クラウドファンディングなど政府が支援しなくても大丈夫な仕組みが世界的にできつつある。

 そんな中、生前贈与までして何で多くの人たちは財産を家族に相続させたいと願うのだろうか。おそらくそういう同調圧力が社会にあることも一つの原因であることは間違いない。

 自分で形成した財産ならば自分で使いきればいい。もちろん死んでしまう時期はわからないのだから、きっかり0円にすることは不可能だろう。

 私の持論を言えば、子どもたちへの相続などは彼らが興味を持つことがあったら全力でその機会を与えてあげることくらいだ。親とは違う子どもたちの人生を私物化してはいけないと思う。奴隷じゃないんだから。もし配偶者がいたとして自分の死後も生きているならば、それは離婚した時と同様の財産分与を行えばいいだけの話。それで問題ないだろう。 ただし、国民国家政府の税金の使い方が下手くそであるのは間違いない。年度予算制も単式簿記も非常に遅れている。時代に合っていない。それを解決する策はやはり小さな政府化しかない。公社、公団の民営化を皮切りに特殊法人や独立行政法人などの民営化を順次行っていき、道州制などでコンパクトな地方自治を実行できるようにすると、税負担も減っていくだろう。

 そして相続税だが、例えば中小企業の経営者が亡くなったとして、ほとんどの財産は株式なのだろうから、それは国家がいったん保有して売りだせばよい。土地なども同様にできるだろう。

 本来であれば、現金はファンドなどを作って公募制で優良なプロジェクトに分配されるようにするのもいいかもしれない。少なくとも行政機関が使い道を決めるよりは有用な使われ方をするのではないだろうか。

 しかし、もっとも私が恐ろしいと感じるのは、相続税関連の記事を読んで、まだ死んでもいないのに、死んだ後のことを否応なしに考えさせるような状態になってしまうことである。

 本人はまだ元気で頑張りたいと思っているのに、配偶者や子どもたちからいろいろ言われて、仕方なく相続税対策なんて考えている人も多いのではなかろうか。私はそんな声にめげずに、「死ぬまでに財産を使いきってビタ一文残しません」と断言する人を支持したいと思っている。

週刊朝日 2015年1月30日号