画像は「産経新聞社公式HP」より

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「特定の民族を差別し、憎悪の対象とすることが、人間をどれほど残酷にするのかを学ぶことができた」

 イスラエルを訪問中、国立ホロコースト記念館でこんなスピーチを行った安倍首相。日本国内では「中国はゴキブリ」「韓国はダニ」と叫ぶヘイトスピーチ宮司を絶賛しながら、ユダヤに対しては差別反対を叫ぶ。その二枚舌ぶりには呆れ返るしかないが、しかし、それは安倍政権のプロパガンダメディアも同じらしい。

 産経新聞2014年12月6日付朝刊の2面に、3段を使って「米団体、本紙掲載広告に抗議『真摯に受け止めおわびします』」と題された記事が掲載された。

「問題の広告が産経新聞11月26日付東海・北陸版(約5千部)に掲載されたのは事実であり、12月4日付でサイモン・ウィーゼンタール・センターのエイブラハム・クーパー副所長からの抗議文を受け取りました。
 掲載に至る経緯は現在、社内で調査中ですが、広告審査手続きに欠陥があったことは明らかです。こうした内容の広告が掲載され、読者の手元に届けられてしまったことは極めて遺憾であり、読者とユダヤコミュニティーの皆様に深くおわびいたします。」

 そして、最後には「産経新聞社社長 熊坂隆光」の署名。そう。この異例の大きさの記事は産経新聞がユダヤ差別本の広告を掲載したことに対する謝罪文だったのである。

 産経が掲載した「問題の広告」は「ネットジャーナリスト リチャード・コシミズがユダヤ独裁国家アメリカの謀略を暴く!!」と題した全面広告で、氏が発売中の3冊の本(自費出版)を紹介するものだったが、これらの本は「ユダヤ人は世界最強の軍事国家アメリカを番犬にして世界の言論を弾圧する」「ユダヤのホロコーストの犠牲者六百万人の数字を何らかの程度で切り下げる主張(略)が禁止されている」「ユダヤ社会がアメリカを支配している」などと、ユダヤ人をすべての元凶と名指しする内容だった。

 これに対して、アメリカ・カリフォルニア州のロサンゼルスに本部をおくユダヤ人団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)」が、「これらの本はユダヤ人に対する危険極まりない虚言の流布」と指摘。「アンネ・フランクや150万人のユダヤの子供たちを含む600万人のユダヤ人が欧州で犠牲になった第二次世界大戦のナチスによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を否定するばかりか、著者は、ユダヤ人がマスメディアを操作し、非道な目的を達成するために世界の出来事や経済をも操っていると断言した」と批判・抗議したのだ。

 すると、産経側はSWCの抗議の翌日、「産経新聞社はナチス・ドイツによるホロコーストを許しがたい憎むべき犯罪ととらえておりますし、いわゆる謀略史観的考えにくみするものではありません」とスピード謝罪をし、先述のおわびを載せたというわけだ。

 たしかに、産経が広告を掲載した書籍はユダヤ差別、歴史修正主義に満ちた謀略本だったが、広告を掲載しただけで、ここまで丁寧な対応をするというのは異例のことといっていいだろう。

 しかし、ユダヤ謀略本に対してこうした誠実すぎるほどの対応をする一方で、産経は「いわゆる謀略史観的考え」としかいいようがない歴史修正本を自社から乱発している。

 たとえば、『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(工藤美代子/産経新聞出版/2009)では、通説では1923年の関東大震災直後の「朝鮮人暴動」のデマが発端となった日本人による「朝鮮人虐殺」を、同書では、摂政宮(のちの昭和天皇)の暗殺を狙っていた朝鮮独立運動家たち(「義烈団」)が大震災後の混乱につけ込んで日本国内でテロを起こしたことがきっかけだった、とする。

 テロリストたちと戦ったのが日本人で、「その殺害された者はいわずもがな『義烈団』一派と、それに付和雷同したテロリストである。テロリストを『虐殺された』とはいわないのが戒厳令下での国際常識だ」(同書)とまで主張しているのである。

 また、産経新聞社の月刊オピニオン誌「正論」も歴史を否定しまくりだ。たとえば、張作霖爆殺事件(1928年)。この事件は日本に対立姿勢を見せ始めた軍閥政治家・張作霖が乗った列車に、関東軍高級参謀・河本大作大佐らが爆薬を仕掛け、張作霖を爆殺したものだ。当初、アヘン中毒の中国人2人組を犯人に仕立てようとしたが、後に関東軍の関与が発覚。「満洲某重大事件」ともされたこの事件の真相究明を昭和天皇が陸軍出身の田中義一首相に求めるも、結局、「うやむやの中に葬りたい」と返答したために、天皇が「それでは前と話が違うではないか、辞表を出してはどうか」と激怒し、田中内閣が総辞職することになった。天皇の周辺で収拾に動いた重臣たちへの陸軍の反感が高まり、のちの二・二六事件につながっていく(『昭和天皇独白録』(文春文庫)より)。

 しかし、2011年7月号では「東京裁判史観を撃つ 張作霖爆殺の黒幕はコミンテルンだ」(加藤康男・西尾幹二の対談)では、「張作霖を実際に死に至らしめたのは、河本たちの仕掛けた爆発物ではないのではないか」として、「致命的な爆発物は列車内にあらかじめ仕掛けられていた」。実行したのは、対立する蒋介石軍やソ連、謀反を考えていた張作霖配下のグループなどという可能性を示唆している。

 それどころか、1年後の12年8月号「発掘スクープ 張作霖爆殺は『親殺し』!?」(野口優希)という現代史研究家による記事では日本軍単独犯行説を否定し、「張作霖の息子・学良が、父親の暗殺を側近らと計画していた」と、張学良とコミンテルンの謀略説を紹介するのだ。

 また、「正論」は「南京大虐殺」も否定する。1937年に日本軍が中華民国の首都南京市への攻略戦を行った際、中国軍の便衣兵(ゲリラ)、敗残兵、捕虜、非戦闘員などを殺したとされる事件だ。東京裁判では中国側は「犠牲者30万人」説を主張するが、日本の研究者の間では「3万人強」ではないか、とされている。

 ところが、同誌の2014年10月号「特集 朝日新聞炎上 ; この偽善が鼻につく 朝日新聞への我が一撃 次は『南京』」(西尾幹二)では、「虐殺」自体を否定するのだ。

「南京虐殺の実在しないことは北村稔氏、東中野修道氏その他多くの方々の献
身的作業で論じつくされ、敵性国家中国の対日攻撃手段の一つと今では見なされている。つまり、南京を言い立てる者は中国のイヌである」(同記事より)
 
 日本人が行なった不始末は「誰かが仕掛けたもの」「そもそもなかったもの」という謀略史観的な記事ばかり。こうした姿勢は、「ホロコーストはなかった」という歴史修正主義とそっくりではないか。

 そして、こうした歴史修正主義的主張に対して、韓国や中国から抗議や批判を受けても、産経は一切受け付けない強硬な姿勢を示している。にもかかわらず、ユダヤ差別、そしてユダヤ人団体・SWCからの抗議に対しては本の広告を出しただけですぐに平謝り。この差はいったいなんなのか。

 それは、ズバリ広告圧力である。産経以外でも、日本のメディアはユダヤ人団体・SWCから抗議を受けると、その要求をすべて受け入れ、全面謝罪をしてきた。たとえば、1995年2月には文藝春秋が発行していた「マルコポーロ」がホロコーストを否定する内容の記事を掲載してSWCから抗議を受けたのだが、発売からわずか2週間後には、発行元の文藝春秋が同誌の廃刊と掲載号の回収、さらに花田紀凱編集長の解任を発表した。さらに、同年5月には社員130人を集めてSWC幹部が講師を務めるホロコースト研修を三日間にわたって受けさせるという徹底ぶりだった。

 他にもこんな事例がある。99年10月に小学館「週刊ポスト」が「長銀血税5兆円を食うユダヤ資本人脈掴んだ!」なる見出しの記事を掲載。SWCから抗議を受けた発行元の小学館は、幹部が米国に出向いてSWC側と交渉し、「週刊ポスト」誌上に検証記事と、2分の1ページに及ぶ謝罪広告を掲載することになった。さらには新聞広告でも謝罪し、ユダヤ研修を実施している。

 こうしたメディアの弱腰は、SWCの抗議のやり方に関係している。SWCはメディアに抗議する際、スポンサーに広告を引き上げるようプレッシャーをかけるのだ。「マルコポーロ」事件でも、「週刊ポスト」事件でも、SWCは真っ先に両社の広告主に出稿拒否要請をしている。

 しかも、SWCがこうした要請をすると、ほとんどのスポンサーがそれに応じてしまう。米国では企業が反ユダヤ主義という烙印を押されると、商品ボイコットの動きが起きたり、ユダヤ系の強い金融機関や半導体企業から取り引き停止を言い渡されるなど、事実上、ビジネスができない状況に追い込まれるからだ。

 実際、「マルコポーロ」事件では、フォルクスワーゲン、カルティエジャパン、マイクロソフト、フィリップモリス、三菱自動車などが次々に「マルコポーロ」への広告出稿中止を表明。さらに、「文藝春秋」「週刊文春」「CREA」「Number」など、文春の他の媒体への広告を停止すると宣言する企業も出てきた。

「週刊ポスト」のケースも同様だ。SWCはこのとき、松下電器産業(現パナソニック)、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、マツダ、サントリー、キリンビール、住友商事、マスターカード、フィリップモリスの10社に広告出稿中止を求めたのだが、ほとんどの会社が中止要求に応じざるを得ないということを内々に小学館に伝えてきたという。

 ようするに今回、産経がユダヤ謀略本の広告を掲載しただけで、あそこまでの大きな謝罪を出したのも、この広告引き上げを恐れたからなのである。

 差別的な嫌韓本を出版し、日本の戦争犯罪を声高に否定しながら、一方でユダヤ団体の抗議には「金」の問題で平謝り。こういう態度をみると、産経のゴリゴリ右派路線も実は何か思想があってのことではなく、ただの金儲け、拝金主義にすぎないという気がしてくるのだが......。
(小石川シンイチ)