錦織圭vs「BIG3」
【第1回:ノバク・ジョコビッチ編】

昨年、全米オープンでファイナル進出を果たすなど、大いなる飛躍を果たした錦織圭。2015年、期待されるのは、日本人選手初のグランドスラム大会での優勝だ。しかしそれは、決して簡単なことではない。とりわけ「BIG3」と称される、世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ、2位のロジャー・フェデラー、3位のラファエル・ナダルの壁は厚い。はたして、錦織は彼らを打ち破って頂点に立つことができるのか。まずは、世界ナンバー1プレイヤーのジョコビッチの強さと現状に迫る――。

 今の男子テニス界には、四大大会(全豪、全仏、ウインブルドン、全米)のタイトルをすべて手にしている『グランドスラマー』がふたりいる。グランドスラム17回優勝のロジャー・フェデラー(33歳。スイス/世界ランキング2位)と、同14回優勝のラファエル・ナダル(28歳。スペイン/世界ランキング3位)だ。しかし、世界ランクの頂点に君臨しているのは、このふたりではない。

 ノバク・ジョコビッチ(27歳。セルビア/世界ランキング1位)――彼がナダルから初めて王座を奪ったのは、2011年7月。以来、フェデラーやナダルと入れ替わった時期もあったが、現在に至るまでツアーの"主役"に君臨している。

 2008年の全豪オープン初優勝以来、グランドスラムで計7度の優勝を誇るジョコビッチだが、テニスファン以外には日本であまり認知されていなかった。理由は明らかで、日本で一度もプレイしたことがないからだ。

 歴代のナンバー1プレイヤーで、日本でプレイしていない選手は、このジョコビッチだけではないだろうか。1990年代初頭、日本のバブルが崩壊すると、その後アジアでは中国が台頭。それによって、テニスツアーの構造も徐々に変化し、日本はアジアの中心から離れてしまい、トッププレイヤーが必ずプレイする環境ではなくなった。ジョコビッチは、そんな新時代の申し子だ。

 セルビア生まれのジョコビッチは、政治的混乱を逃れてドイツにテニス留学した。努力家で、常に目標を持ってプレイしてきた優等生だ。ドイツの同じクラブに留学していた同年代のエルネスツ・グルビス(26歳。ラトビア/世界ランキング13位)はこう証言する。

「お洒落をして、女の子と遊びに行く選手を見て、ノバクはこう言っていた。『僕たちには将来がある。テニスで成功するためには、今は練習だ』。15歳やそこらで、ノバクは完全にプロフェッショナルだった」

 プレースタイルにも、ジョコビッチのそんな生き方が現れている。

 フェデラーは、天性の才能を生かし、ネットプレイを中心としたオールラウンドプレイで地位を築いた。ナダルは、たぐい稀(まれ)なパワーと左利きの有利性を発揮して、そのフェデラーを打ち崩した。ジョコビッチの強みは、鋼(はがね)のような精神と、プレイの並外れた安定感だろう。

 誰でもフォアハンドとバックハンドとでは、多少なりとも優劣の差があるものだ。一般的に、利き腕からのパワーを発揮できるフォアハンドの威力に才能が現れ、利き腕と逆のバックハンドのショットに努力の跡が現れると言われる。ジョコビッチの場合、その左右のショットに差がない。すなわち、左右どちらからでも攻撃が可能で、左右どちらでも防御ができる。そうして、いつでも、どこからでも、攻撃に転じられるシンメトリーな武器が、これまでも数々の逆転劇を生んできた。

 錦織圭(25歳。日本/世界ランキング5位)はここまで、ジョコビッチには2勝3敗と大健闘している。倒せない相手ではないことは確かだ。特に昨年の全米オープン準決勝(現地時間2014年9月6日)での勝利は、錦織に決定的な自信をもたらした。

 鉄壁の守りを崩す速い攻撃、多彩で正確なテクニック。1セットオールから第3セットのタイブレークを奪っての会心の勝利は、錦織の技術が世界の頂点の扉をこじ開けたことに他ならない。「勝てない相手はもういない」との名文句を吐かせたのは、この試合で得た実感だった。

 ただし、ジョコビッチの状況も今や当時とは違う。昨年のウィンブルドン(2014年6月23日〜7月6日)で2度目の優勝を飾った直後に結婚し、全米オープンの1カ月後に長男が生まれた。新しい家族の存在が、ジョコビッチを一段とパワーアップさせたのだ。全米オープンで錦織に敗れたあとは、北京、パリ・マスターズ、ツアーファイナルと、1カ月半の間に3大会で優勝を果たした。

 人口約720万人という東欧の小さな国のヒーローは、まだ27歳。全豪オープン前には、さらなる飛躍への決意表明を行なった。

「このシーズンオフ、父親になったことで、僕は人生の新しいページに入った。喜びと充実感の中で、これからの人生をしっかり見据えている」

 フェデラーは33歳。現在もトップを争う存在とはいえ、年齢的にもピークの時期は過ぎた感がある。28歳のナダルは、全力投入型のスタイルにより、フィジカル・コンディションの維持に苦慮し始めている。これからの錦織にとって、最大の壁となるのは、やはりジョコビッチ。「打倒・ジョコビッチ」なくして、グランドスラム大会制覇という目標は果たせないだろう。

山口奈緒美●文 text by Yamaguchi Naomi