大会中に31歳の誕生日を迎えた長谷部。キャプテンとしての試合出場数もヨルダン戦で歴代最多となる。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

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 1月18日、31歳の誕生日をメルボルンで迎えた長谷部誠は、“周りの人に感謝する日”と話した。そして、1月20日のヨルダン戦では、キャプテンとしての試合出場数が56試合になる。これは日本代表の最多記録。お祝いごとが重なった。
 
「岡田(武史)さんや、ザックさん、そしてアギーレ監督が自分を信頼してくれた。やっぱり周りの人の理解がないとできないこと。周りのチームメイトによって、キャプテンは作られるものかなと感じる部分もあります。自分はキャプテンというタイプじゃないと思っているので。そういう意味ではメディアのみなさんも、多分僕のキャプテン像みたいなものを作ってくれたとも思っています。周りの人に感謝したいですね」と長谷部は語っている。
 
 2010年の南アフリカ・ワールドカップ直前のイングランド戦で、キャプテンを任された。前任者である中澤佑二が快くバトンを渡してくれた。そんな中澤をはじめ、ベテラン選手に支えられて、キャプテンとしての時間が始まった。
 
 11年春に発表された著書「心を整える」は、ミリオンセラーを記録。誠実で真面目なキャラクターで、サッカーファン以外からも注目される存在となった。
 
 先行するパブリックイメージを受け入れ、「日本代表のキャプテンに相応しい振る舞いや行動をしなくちゃいけない」と話すこともあった。自身が立たされた環境や立場を理解し、自分なりに心を砕き、歩いてきた時間が56試合出場という記録に繋がった。
 
「マコはチームメイトにとっても偉大なキャプテンだと思います。2010年からキャプテンになって、一緒に時間を過ごすなかで彼自身、キャプテンとしてすごく成長したのを感じています」
 野球のバッテリーにたとえれば、女房役のような存在として、長谷部を支えていた川島が話す。
 
 4年前のアジアカップ初戦で苦しんだ時、長谷部は急きょ選手ミーティングを催した。その後も選手それぞれの声をくみ取り、チーム内の空気を読みながら、全員がひとつになる方法を模索し続けてきた。
 
「今こうやって、チームがまとまっているのは、良いことだと思います。でも同時に、それが本当に良いのかと思うこともある。もっともっとお互いが厳しくやったほうがいいんじゃないかと。なにが正解か、正直わからなかったりします」
 
「なにが正解かわからない」
 正解がないからこそ、葛藤や迷いが生まれて当然だ。しかし、そんなキャプテンとしての経験は、自身の成長を促す重要な機会だと長谷部はそうも考えているはずだ。
 
 だからこそ、ブラジル・ワールドカップでこう発言したのだろう。「これからは若い選手がキャプテンをやったほうがいいんじゃないか」と。
 
 自分が得た貴重な経験を若い選手にも味わってほしい。その想いは今も消えないと話す。
「日本代表のキャプテンを任せてもらうことは誇りであり、光栄なこと。でも、若い選手がやったほうが良いのかなとはいつも考えているし、それは今も変わらない」
 
 日本代表の未来を考えたとき、快くバトンを渡し、若いキャプテンを支える。長谷部がそういう新しい役割を担う日はきっと来るだろう。 しかし、今はアジアカップ連覇という目標達成のために力を尽くすだけだ。
 
 フランクフルトでも日本代表でも、アンカーという新しいポジションでプレーしている。
「自分のプレースタイルや性格を考えた時に、また新しい自分が見られる。いろんなことに挑戦できるのは、楽しいです。あらゆる部分でまだまだ伸ばせるという感覚もありますから」
 
 浦和入団に始まり、長谷部は常に挑戦することを選択してきた。「選べるなら、あえて難しい道を選ぶ」と以前話していたこともある。試練が自分を磨く。そうやってステップアップしてきた。それはきっとこれからも変わらない。