同点弾を叩き込んだ鈴木。前線で最後まで身体を張ってタメを作った。 (C) SOCCER DIGEST

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 日本にとってヨルダンは、記憶に残る熱戦を繰り広げてきた因縁の相手だ。
 
 アジアカップでは過去に二度対戦。守護神・川口の神がかり的なセーブで絶体絶命の窮地を脱したPK戦での死闘が語り草となっているのは、2004年中国大会の準々決勝だ。
 
 カタールでの前回大会では、今回と同様グループリーグでぶつかり、日本は大いに苦しめられた。吉田麻也の起死回生の同点ヘッドが決まったのは、ロスタイムという際どい勝負だった。
 
 週刊サッカーダイジェスト2004年8月17日号より、04年の激闘をお届けする。
 
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 試合開始2時間前に降った雨が重慶の温度を下げる。気温27度。湿度は高かったが、これまでよりもコンディションは良い。しかし……。
 
「前半ですね。(このチームは)ガンガン攻めるタイプじゃない選手が多いような気がする」(中村)。オマーン戦、タイ戦、そしてイラン戦もそうだった。日本は実にスロースターターなのだ。これが余裕のなせるわざならば良いが、実状は違う。主導権を握らず相手に合わせてしまう。流れをつかめないまま時計を進め、いつしか相手にペースを与えることになるのだ。いまの日本は試合の入り方が非常に拙い。
 
 ヨルダンの速いパス回しに対応できない日本は、いきなり劣勢に立たされる。4分にアブ・アリエにオープニングシュートを放たれ、その後もなかなかボールを奪取できない。深い位置で簡単にボールを動かされ、右往左往することしきり。そして、息つく暇もなく決定的な場面を作られてしまう。
 
 11分、左サイドでボールを受けたサイードに宮本と加地の2人が同時にチェックするが一瞬でかわされ、クロスを送られる。ファーサイドで待ち構えていたシェリバイアが叩きつけるようにヘディングを打つと、ボールは川口の右脇を抜けてゴールに吸い込まれていった。
 
 主導権を握られたうえ、先制点まで奪われてしまった。一気に暗雲が漂う。なにしろボール回しもろくに繋がらない状況なのだ。選手に焦りの気持ちが芽生えても不思議ではない。この窮地を救ったのは、今大会でも一際輝く、中村の黄金の左足だった。
 
 14分、右サイドでFKを得る。ボールの前には中村と遠藤が並ぶ。
「ヨルダンはセットプレーの時、ディフェンスラインを上げる。だからヤット(遠藤)がまたいで様子を見て、それからGKの前へ蹴った」
 
 右に順回転したボールは中澤の頭に当たってゴール前へ。GKのシャバが必死に抑えようとするが、ボールは彼の手をこぼれる。そこに詰めた鈴木がボールをプッシュ! 日本は同点に追いついた。むしろ「幸運にも、追いつくことができた」と表現すべきかもしれない。運が良いことにセットプレーのチャンスを得て、しかも相手GKがファンブルしてくれたからこそ生まれた得点。失点からわずか3分後のことである。ヨルダンのダメージは大きかったはずだ。
 
 それでもまだ、ペースを引き寄せられなかった。ヨルダンはショートパスを巧みにつなぎ、ジワジワと攻め込んでくる。また、ボールを奪われてもすぐに守備組織を形成し、高い位置からプレスをかけてくる。日本はボールを奪っても出し所がなく、安易に前線へくさびのパスを入れてインターセプトされるか、時間を消費するだけのバックパスを選択するしかない。スコアはタイでも、押しているのは終始ヨルダン。日本を毛嫌いする重慶のファンは、やんややんやの大喝采である。
 
 24分、ヨルダンはミドル、ミドルの連発でゴールを襲う。日本も三都主のCKから福西がヘッドで狙うが、これはGKの正面。逆に43分、カシムのミドルシュートが炸裂し、川口が必死にゴールライン外へとボールを押しやる。続けざまの44分、サードのシュートも川口が好セーブ。直後、中村のFKから三都主がボレーシュートを打ったところで前半が終了した。