安倍晋三氏

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 フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」襲撃事件をめぐっては、日本のメディアも大々的な報道を繰り広げ、「どんな理由があるにせよ、表現の自由へのテロは許せない」と一斉に声を上げている。そして、わが日本国の安倍晋三首相も例の舌足らずな話しぶりでこう言い切った。

「今回のテロは報道機関へのテロであり、言論の自由、報道の自由に対するテロであり、いかなる理由であれ、卑劣なテロは決して許すことはできないと思います。強く非難いたします」

 だが、これらの台詞を聞いても、頭をよぎるのは「なに、他人事みたいに語ってんだよ」というツッコミだけである。

 なぜなら、日本でもつい最近、同じような「言論・報道の自由に対するテロ」が起きたにもかかわらず、彼らはそのことには一切触れようとしないからだ。

 そのテロとはもちろん、慰安婦報道に携わった朝日新聞の元記者への脅迫事件のことだ。まず、韓国人元慰安婦の証言を報じた植村隆元記者が非常勤講師を務める北星学園大学(札幌)に昨年5月と7月、そして12月と3回にわたって「辞めさせなければ天誅(てんちゅう)として学生を痛めつける」「釘を混ぜたガスボンベを爆発させる」という脅迫文が、9月には吉田証言を取り上げた清田治史元記者が教授を務める帝塚山学院大学にも「辞めさせなければ学生に痛い目に遭ってもらう。釘を入れたガス爆弾を爆発させる」という脅迫文が送りつけられた。

 この結果、清田元記者は同大学を辞職に追い込まれ、植村元記者はネットで娘の実名や写真までさらされ、「反日サラブレッド」「自殺するまで追い込む」などという脅迫を受けた。

 学生や娘への危害をちらつかせるかたちでの脅迫というのは卑劣きわまりなく、学問の自由や大学の自治を破壊するばかりか、まさに「言論・報道の自由」を根底から揺るがす「テロ」にほかならない。

 しかし、この件について安倍首相は非難の言葉を発しないばかりか、完全に知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。メディアも朝日批判をがなりたてるだけで、この事件についてはほとんど報道していない。

 さらに不可解なのは、警察当局も熱心な捜査に動く気配をまったく見せないことだ。北星学園大にいたっては約半年にわたって3回も脅迫を受けているのに、捜査が進展している気配がまったくないのだ。警察組織を長年取材してきた大手紙の社会部記者が言う。

「警察という組織は、良くも悪くも上意下達が徹底していますからね。常に上の政権や上層部の意向を忖度している。ヘイト極右勢力と近い山谷えり子氏が国家公安委員会委員長に座って、朝日嫌いの安倍氏が首相にいる以上、捜査には動かないと思いますよ」

 国内ではこんな状態をつくりだしながら、フランスのテロ事件に対してはきれいごとのテロ批判を口にしているのだ。

 そもそも、安倍政権は言論、報道の自由を守るどころか、それを抑圧し、制限する動きを繰り返してきた。その典型例が特定秘密保護法だろう。条文が極めて曖昧で恣意的な解釈が可能なこの法律を安倍政権は強行採決し、昨年末には施行されるという事態をつくりだしてしまったのだ。

 こうした安倍政権の姿勢は、国際的にも懸念が出ている。国際ジャーナリストNGO「国境なき記者団」(本部パリ)が発表する「報道の自由度」ランキングで日本は近年、順位を大きく下げ続け、2014年はとうとう59位にまで転落してしまった。主要先進国ではダントツの低ランクであり、東アジアでは台湾や韓国を下回っているのだが、その理由として挙げられているのが、福島第一原発の事故をめぐる政府の秘密体質などに加え、安倍政権が熱心に推進した特定秘密保護法の存在だった。

 そんな政策を平気で強行する政権のトップが「言論・報道の自由」を口にしても、国際的には建前としか受け止められず、むしろ嘲笑を浴びるだけだろう。

 実際、こうした政権の鈍感さはメディアや社会にも蔓延し、「言論の自由」は確実に萎縮を続けている。

 つい最近では、お笑いコンビの爆笑問題がNHK番組への出演時、打ち合わせで政治家ネタを軒並み却下されたことを暴露した。コメディアンが政治家を風刺するのは世界的にもごく当たり前の話なのだが、安倍首相の肝いりで送り込まれた籾井勝人NHK会長は、政治家ネタについて「品性がない」「(NHKでは)やめた方がいい」と言い放った。

 昨年の大晦日には、NHK紅白歌合戦にコンサート会場からの中継で出演したサザンオールスターズが安倍政権批判と受け取れる曲を歌い、直後には桑田佳祐が昨年受賞した紫綬褒章を軽んじるかのようなパフォーマンスをしたことに対し、ネット上などでバカげたバッシングが燃え広がった。

「クソ反日」「国賊歌手」「どうみても朝鮮人」「天皇陛下から賜った紫綬褒章を貶めた」......。

 挙げ句の果てには、サザンの所属事務所前で抗議活動までが繰り広げられ、サザン側は謝罪文発表にまで追い込まれる事態に発展した。

 だが、アーティストが政治的メッセージを発したいと考えるのは当然だし、褒章といった国家の権威や権力者を風刺し、笑い飛ばす行為も芸術表現のひとつだ。なのに桑田が繰り広げたオフザケ程度のパフォーマンスすら許さず、謝罪にまで追い込まれてしまう日本は、とても「言論・報道の自由」が守られている社会とはいえない。

 しかも日本は、イスラム世界と同じように「皇室」や「靖国」という絶対的タブーを抱えている。そして、報道への圧力を頻繁に加え、表現の自由を制限する政策を次々に打ち出す安倍政権の存在。残念ながら、この国はやはり「言論・報道の自由」は59位程度が相応しい「後進国」なのである。
(野尻民夫)