錦織圭の新シーズンは、常に新しい年齢とともに幕を開ける。12月29日が誕生日なため、新年の所信表明はそのまま、新しい年齢での誓いにも重なるのだ。

 彼にとっての2015年は、25歳として迎えるシーズンである。

 年齢のことを聞かれると、最近の彼はいつも少し目を伏せ、口の端に苦笑いの溝を刻む。

「だんだん、キャリアの中盤に差し掛かっているような感じはします」

 錦織は日ごろ、自分の実年齢と心の感覚に開きがあるとも言う。

「つい先日も人と話していた時、自分では23歳のつもりでいて、25だよって言われました(笑)」

 そう言って照れた笑いを浮かべるが、ひとたびテニスモードに頭が切り替われば、自分の立ち位置を客観的に見つめていく。

「やっぱり年が過ぎるのは、すごく速い......」

 だからこそ、世界の5位として迎えた今季の重みや、過ごす日々のかけがえのなさを、彼は今まで以上に実感している。世界の頂(いただ)きすらも、リアルに視野に捉えながら戦う2015年シーズン。その真価を問う、最初の試金石とも言える大会――「全豪オープン」が、1月19日に幕を開ける。

 大会開幕に先立ち発表されたシード順で、錦織はランキング通りの第5シードに位置づけされた。理論上は、準々決勝まで自分より上の選手とは当たらない。錦織は昨年5月、トップ10の壁を破って9位になった際にも、「トップ10より、8位以内のシードのほうを意識する」と素直な想いを口にしていた。

 初めて準々決勝に進出した2012年の全豪オープン以降、昨年の全米オープンまで錦織はグランドスラムでベスト8以上の成績がなく、4度の4回戦敗退(ベスト16)を経験している。そのうち、2013年の全仏オープンと2014年の全豪オープンはラファエル・ナダル(スペイン)に敗れており、2013年の全豪オープン4回戦の黒星も、当時5位のダビド・フェレール(スペイン)に喫したものだ。このようなトップ5の選手に当たる事態は、第8シード以内にいれば防ぐことができる。今季開幕戦となったブリスベーン国際の準決勝で、錦織はミロシュ・ラオニッチ(カナダ)に敗れたが、その宿敵も今回の全豪オープンでは第8シード。4回戦以前で、当たることはない。

 昨年末、日本に帰国した際は多少のリップサービスも交えて、「5年以内に世界1位に」と目標を掲げた錦織だが、今シーズン開幕直後には当面のゴールを、「1年を通じてこの位置をキープすること」だと言っている。その上でも、8位以上のシード確保は欠かせない。

「今回に限らずですが、常にトップ8にいるのが大切。8位以内に入れば、上に行ける可能性もパーセンテージ的に上がると思うので、グランドスラムでは常に高い位置で挑めるようにしたいです」

 本人もそう強調したように、第5シードという地位はまるで露(つゆ)払いのように、上位への道を開いてくれる。だが、その特権的な肩書には、時に危険な落とし穴もつきまとう。

 そのひとつが、一攫千金をもくろみ、一か八かの大勝負に出てくる下位選手たちの野心だ。現に、全豪オープン前哨戦のエキシビション大会「クーヨン・クラシック」では、初戦で273位の20歳に苦しめられた。対戦相手のジョーダン・トンプソン(オーストラリア)は、失うモノのない心の軽さで腕を振り抜き、高速サーブや強烈なストロークを要所要所で叩きこんできた。最後はギアを上げて勝利したが、スコアは実力差と合致しなかった。

 若さと勢いを兼ね備えた下位選手との対戦を、錦織は「難しい」と素直に定義する。

「今日みたいな選手は失うモノが何もないので、タイトなポイントでも打ってくる。そういう相手に対しても、自分自身のプレイをもちろん変えてはいけないし、そこのメンタル面は難しいです」

 そのような状況や自分の地位にも、馴れていかなくてはいけない――。

"トップ5ルーキー"はそう言い、一段と表情を引き締めた。

 また、シード選手を脅かすもうひとつの不確定要素は、ケガなどの何らかの理由で一時的にランキングを落としている、「隠れシード」の存在だ。グランドスラムで優勝を狙うトップ選手たちは、2週間の長丁場を戦い抜くためにも、最初の週は力を温存し、2週目にピークを合わせる調整法が染みついている。その「肩慣らし」の1週目でシード級の選手と当たれば、いかなる実力者でも足もとをすくわれかねない。

 しかも、今回の全豪オープンでは、誰もが戦いたくないと恐れる「特Aのシード級選手」がいる。それが、元世界4位のフアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)だ。ケガで11ヶ月も公式戦から遠のいていたが、復帰戦のアピア国際シドニーでは第1シードのファビオ・フォニーニ(イタリア/18位)を破るなど、驚異の潜在能力を見せつけた。デル・ポトロは、錦織が過去に一度も勝ったことのない"大きな壁"である。

「みんな(デル・ポトロとは)一番やりたくないでしょうね。1年も休んでいてしっかりと勝つのは、実力がある証拠。ナンバー1も狙える選手なので......」

 錦織はそこまで言うと、はたと何かに気がついたかのような表情になり、「あんまり言うと、当たりそうなので......」と苦笑いして、話題を自ら切り上げた。それでも、未来を担う若手集団として、ともに歩んできた1歳年長のライバルには特別な思いもあるのだろう。「彼にも、早く上に上がってきて欲しいです」。その言葉には、深い実感がこもっていた。

 そんな様々な話題性が散りばめられた全豪オープン開幕が、いよいよ間近に迫ってきた。

 世界の5位から眺めるグランドスラムの景色は、その目にいつもと違って映っているだろうか? 20代の折り返し地点で立つ戦地の空気は、過去とは異なる刺激を彼に与えるだろうか?

 ここは例年と同じ会場で、主役たる選手の顔ぶれにもほとんど変わりはない。だが、今年のメルボルンで綴(つづ)られる物語は、何もかもが新しく、とてつもない胸の高鳴りを見る者たちに運んでくれる。

「年齢を重ねるにつれ、一日一日の大切さを実感する」のだと、錦織圭は言う。だからこそ、25歳の所信表明は、シンプルながらも、重みに満ちたこのひと言で十分だ。

「より良い、1年にしたいと思います」

内田暁●構成 text by Uchida Akatsuki