「それはやはり、ケガだろう」

 錦織圭がさらなる上を目指すその道中に、立ちはだかる障害とは何か――?

 そのような問いを海外のベテラン記者たちにぶつけた時、最も多く返ってきたのは、ある程度予測できた答えである。

「ケガが最大の敵となるのは、ケイだけではない。ロジャー・フェデラー以外のすべての選手は、大なり小なりケガには苦しめられている」

 そう指摘したのは、20年以上のテニス取材歴を持つフリーライターのビル・スコット氏だ。主にDPA(ドイツ通信社)で執筆しているスコット氏は、「現在の男子テニスは、史上最高レベルにある」と断言する。ゆえに、選手の肉体はかつてないほどに酷使され、いかに才能があろうとも、フィジカルの強さなくして上位への道は開けないのが現状だ。また、フィジカルにかかる負担は、上に行くほど過酷にもなる。「ケガで数ヶ月休むことは、トップレベルでは致命的になる」。だからこそ、いかにケガを少なく抑えるかが重要だと、スコット氏は念を押した。

 ケガを最大の障害に挙げながらも、同時に、「それさえ克服できれば、トップ3も可能だろう」と具体的な数字を示して語ったのは、アメリカ最大のスポーツ専門誌『スポーツ・イラストレイテッド』のグエン・コトニー氏だ。

「ケイは昨年、ATPマスターズ1000(※)を3大会欠場している。それにもかかわらず、世界5位にいるのはすごいことだし、逆に言えば、1シーズンを通して戦えればトップ3も見えてくる」

※ATPマスターズ1000=グランドスラムやツアーファイナルズに次ぐ規格に分類される大規模大会。優勝者にはATPポイントが1000点与えられるため、ランキングへの影響は非常に大きい。

 グエン氏の指摘どおり、錦織は昨年5月のローマ・マスターズをふくらはぎのケガで、8月のカナダ・マスターズとシンシナティ・マスターズを足親指のう胞除去手術のため欠場している(3大会ともグレードはマスターズ1000)。ATPのルールでは、トップ選手たちはグランドスラム4大会と、ATPマスターズ8大会への出場義務があり、ATPランキングは1年間に出場した18大会の累計獲得ポイント(※)で決まる。だが、錦織は前出の3大会を欠場したため、15大会分しかポイントがカウントされていない。つまり、グエン氏が指摘するように、もし年間を通じてすべての規定大会に出られていれば、錦織のランキングは今より高かった可能性があるのだ。

※18大会の累計ポイントは、グランドスラム4大会とマスターズ8大会の計12大会での成績を加え、それ以外に出場した試合で高ポイントを獲得した上位6大会を加えて計算する。

 ただ、スコット氏が強調したように、現在のテニス界は、「ケガなく戦うこと」が最も困難な時代でもある。それを踏まえた上で、フランスのスポーツ紙『レキップ』のビンセント・コニェ氏は、次のような意見を述べた。

「1年を通してすべての大会を全力で戦っていたのでは、誰だって身体が持たない。選手としては受け入れにくいことだろうが、勝ちにいく大会に優先順位を設け、少しは力を抜く時期も必要になってくるだろう」

 選手たちに多くの義務が課される現行のシステムでは、トップ選手の出場大会は増え、必然的に試合数も多くなる。休みたくても休むわけにはいかないのだが、その中で体調やコートサーフェスの得手不得手に応じてメリハリを付けることが、体力を温存するほぼ唯一の手段だ。

 以上のように、体力面を最大の障害に挙げる記者がほとんどの中、技術面の課題に言及したのが、イギリス紙『テレグラフ』のサイモン・ブリッグス氏である。「ケイの最大の弱点はサーブ。上位の選手にコンスタントに勝っていくためには、サーブの向上が欠かせないだろう」というのが、ブリッグス氏の見立てだ。もっともそのことは、錦織本人やマイケル・チャン・コーチも重々承知。だからこそ昨年末のオフシーズン、錦織はチャンの指摘のもと、サーブの改革に取り組んできたという。

 加えるなら、サーブの向上は、ケガ防止とも密接に関わってくる命題だ。グエン氏は、「ケガをなくすためにも、グランドスラムの第1週では試合を短く終えることが必要だ」と指摘したが、サーブで簡単にポイントを奪うことは、体力温存に直結する。

 さて、ここまで海外記者たちに、「錦織圭の飛躍を妨げるもの」とのテーマで語ってもらったが、個人的に気になる疑問についても聞いてみた。

 ケイ・ニシコリの人間性は、彼らの目に、どう映っているのだろうか――?

「アメリカを拠点とする日本人のトップアスリート」ともなれば、異色の存在として多少の色メガネで見られるのは仕方ない。ただ、使われるメガネの色や見る角度、そして眺める距離や時間などによって、結ぶ像がそれぞれ異なるのが興味深い。

「ケイはアメリカに10年以上住んでいるのに、すごく日本人っぽいよね」

 笑顔でそう言ったのは、『スポーツ・イラストレイテッド』のグエン氏である。グエン氏は、人種の坩堝(るつぼ)たるサンフランシスコで育ったベトナム系アメリカ人女性。アジアの文化にも造詣の深い彼女の目には、錦織のはにかんだような笑顔や清潔感あふれるファッション、それにオフコートで見せるふとした仕草が、非常に日本人らしく映るという。分けても、彼女に強いインパクトを残したのが、錦織がミッキー・マウス柄のスマートフォンカバーを使っていたことだった。

「アメリカでは、20代の男性トップアスリートがミッキーのスマホカバーを使うことはまずないわね。少なくとも、人前でそれを見せたりはしない」というのが、彼女の見解。アメリカの大衆が男性アスリートに求める「男らしさ」が、それを許さぬ風潮を生むからだという。そういえば、先日発売されたアメリカ誌『TIME』に掲載された特集記事でも、錦織が昨年末のエキシビションでヒヨコの衣装を着ていたことが、「日本人的特性」として紹介されていた。アメリカに長く住みながらも、アメリカ的マッチョ信奉に捉われぬ錦織の自然体(あるいは理解不能)な立ち居振る舞いを目にした時、異国の記者たちは、それを「日本人らしさ」と解釈するのかもしれない。

 その一方で、錦織を「アメリカ人的だ」と評する記者たちもいる。フリーのテニスジャーナリストとして30年近く新聞やラジオで活躍し、日本のテニス誌でもコラムを執筆していたフランス人のジョージ・ホムシ氏も、そのひとりだ。

「ケイに注目するようになったのは、2〜3年前のこと」というホムシ氏は、錦織のスピードや優れた戦術性に感心し、同時に彼のメンタリティが「実にアメリカ的」であることに驚いたという。

 では、アメリカ的なメンタリティとは、何を指すのか? ホムシ氏は「一概には言えないが」と前置きした上で、こう定義した。

「フランス人は、是が非でも勝ちたいという気持ちがやや希薄で、トーナメントの準決勝くらいまで行けば満足してしまう。対してアメリカ人は、勝ちにこだわるし、何より負けるのが大嫌い」

 そんなアメリカ的メンタリティを、ホムシ氏は錦織のプレイや言葉の端々に色濃く感じたのだという。

 同様に、「ケイの『世界のトップにだってなれる』と信じるメンタリティはアメリカ的だ」と言ったのは、アメリカ最大の一般紙『USAトゥデイ』のダグラス・ロブソン氏だった。

 実は今回、海外のジャーナリストたちに話を聞き、ひとつ意外に感じたことがあった。それは、上位進出を阻む障害として、「プレッシャーや、日本メディア等の喧騒はありえると思うか」とたずねた時、全員が一笑に付したことである。フリーライターのスコット氏は、「日本に住んでいれば話は別かもしれないが、アメリカにいる分には問題ないだろう」と言う。

 同じように、プレッシャーの影響を否定したイリギス紙『テレグラフ』のブリッグス氏は、比較対象としてイギリス人のアンディ・マリーを挙げ、「ウインブルドンの国でトップ選手として注目されたアンディのプレッシャーは半端ではなかった。それに比べればケイはましだろう」と言う。さらには、「コート上の姿や所作を見ても、ケイは常に落ち着いているし、自分のやるべきことに集中しているように見える」との見方を口にした。また、フランス人のホムシ氏も、「ケイは自分がやるべきことが分かっているだろうし、そんなことに煩(わずら)わされるタイプには見えない」と断じている。『レキップ』のコニェ氏に至っては「そもそもプレッシャーに潰されるような選手なら、トップ5まで来られてないさ」とも言った。

 ヒヨコやミッキー・マウスの柄をさらりとに着こなす愛すべき柔軟さと、海外記者の目にも明らかな、コート上で発する確固たる覚悟と勝利への欲求――。それらをバランスよく内在させられることこそが、もしかしたら、この稀有なる日本人アスリートの強さの秘密なのかもしれない。相反する側面を両翼とし、錦織圭は険しき山にそびえる障害をも、ひらりと飛び越えんと挑んでいく。

内田暁●構成 text by Uchida Akatsuki