「最貧困女子」のように 「貧困」に陥るリスクが高い男女のタイプとは? [橘玲の世界投資見聞録]

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 昨年末に「最貧困女子」について書いた。


[参考記事]
●風俗嬢にもなれない「最貧困女子」問題の解決法とは?

 ここでは貧困を「プア充(プアでも充実しているひとたち)」と比較し、「人的資本、金融資本、社会資本をすべて失った状態」と定義したのだが、このことを簡単な図で可視化できることに気がついた。

「リア充」というのは、ネット上の仮想人格だけでなく仕事や私生活のリアルも充実していることだから、人的資本と社会資本(恋人や友だち)を両方持っていることだ。でもまだ若いから、金融資本はそれほど持っていないだろう。これを図にするとこうなる。

「プア充」というのは前回述べたように地方在住の若者(マイルドヤンキー)で、収入は貧困ライン以下で貯金もないけど友だちはたくさんいるひとたちのことだ。

 ところがなにかの理由で「友だちネットワーク」から排除されてしまうと、3つの資本をまったく持たない「貧困」に陥ってしまう。

 このように整理すると、人生における人的資本、金融資本、社会資本の関係がすっきり理解できる。

資本が2つ以上ある「超充」「金持ち」「旦那」

 同じように、人生と資本の他のパターンも可視化してみよう。

 まず、人的資本、金融資本、社会資本のすべてを誰もがうらやむような水準で持っているひと。ちょっとあり得ない設定だが、その人生は超充実しているだろうから、これを「超充」としよう。

 次いでもうすこし現実的に、人的資本と金融資本はあるけど友だちがいない(社会資本を持たない)タイプ。これはお金持ちの典型だ。

「金持ちは孤独だ」とか、「金持ちは金持ちとしかつき合わない」といわれるのは、社会的に成功すると、カネや権力を目当てにいろんなひとが集まってきて嫌な思いをすることが多くなるからだ。逆にいえば、人的資本(恵まれた仕事)と金融資本(じゅうぶんな財産)があれば、面倒くさい人間関係(親戚や友だちづきあい)などなくてもなんの問題もない、ということでもある。実はこういうタイプは、私の知り合いにもけっこういる。

 今度は、金融資本と社会資本を持ちながら人的資本がない(働いていない)ひと。イメージとしては、親から遺産を相続して、それをばら撒いてみんなの人気者になっている、という感じだから「旦那」としよう。

「リア充」「金持ち」「旦那」と並べてみると、「超充」になれなくても、資本を2つ持っていればそれなりにやっていけることがわかる。

 あと、これは「人生の成功物語」として読むこともできそうだ。若いときは「リア充」で頑張って、成功して「金持ち」になると(仕事が忙しくなって)むかしの友だちとは疎遠になってしまうけど、リタイアした後は資産を社会に還元する「旦那」になってみんなから評価されるとか。

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