「弁天山美家古寿司」(慶応二年創業)を訪ねて 

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江戸前の寿司は、酢飯、寿司ダネ、山葵、煮切り醤油。
この4つのバランスがポイント

「江戸前の四天王」と呼ばれる、鰻、天麩羅、蕎麦、(握り)鮨/鮓/寿司――。これらは全て、江戸の町では屋台をメインに売られていたファストフードで、独自の発展を遂げ、今日では諸外国から見た和食の代表メニューとなっています。

 中でも握り寿司の人気は高く、世界中で店舗数は鰻登りで、生魚を食べない国の食文化までをも塗り替える勢いです。

 古くは、魚を塩と米飯で長期間乳酸発酵させた『熟れずし』に始まり(滋賀県の「鮒寿司」が有名)、直接酢を使うことで短期熟成で食べられるようになった『押しずし(箱ずし)』が上方で生まれ、やがて江戸時代末期、1カンずつ握ってすぐに食べられる『握りずし』が江戸の町で誕生します。

 今回取材させていただいた、弁天山美家古寿司さんは、慶応二年(1866年)創業。東京都内でも数少ない、正統派江戸前寿司の味を、約150年間引き継いで来られた老舗です。

「今は生寿司が主流だからね。うちの寿司は時代遅れなんだよね」と、おおらかに笑う5代目・内田正さんは、寿司の歴史を深く研究され、『これが江戸前寿司』(ちくま文庫)『寿司屋さんが書いた寿司の本』(三水社)という著書も出版されています。

 弁天山美家古寿司のHPには、「江戸前寿司の始祖 華屋与兵衛の流れをくむ「千住みやこ寿司」で修行をした初代 金七が、慶応2年(1866年)に浅草 金龍山浅草寺の鐘桜の下で浅草弁天山みやこ寿司を開店。」とあります。

 その頃は当然冷蔵庫などありませんから、生のネタをそのまま切って乗せる「生寿司」とは違い、安全に美味しく食べられるよう、煮る、蒸す、茹でる、ヅケ、昆布〆、酢洗いなど、寿司ネタには全て下ごしらえがしてありました。

 酢飯と、仕事を施した寿司ダネ、新鮮な山葵に煮切り醤油。この4つのバランスが寿司の美味さを最大限に生み出し、弁天山美家古寿司の味を決めるのだとか。

 今や5代目の目利きにかなった、新鮮な食材に仕事を施すのですから、「時代遅れ」どころか、こんな贅沢はありません。

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