『水やりはいつも深夜だけど』窪 美澄 KADOKAWA/角川書店

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 今年の大河ドラマ「花燃ゆ」は「大河史上最高のラブストーリー」との触れ込みであるようだが、そう聞いて見る気をなくす視聴者がいることにも思いを馳せてもらえたら幸いである。GReeeeNであれば「愛唄」より「道」や「刹那」、FUNKY MONKEY BABYSであれば「もう君がいない」より「旅立ち」や「メロディーライン」、スピッツであれば断然「春の歌」が好きな私は、恋愛至上主義の世にあっても「もうラブものいらんねん」という境地に達している。そんなわけで、「窪美澄という作家がすごいらしい」と聞いたときも食指は動かなかった。「変化球ではあるけれど、高濃度な恋愛小説を書く作家」というイメージが先行したからかもしれない。しかし、私は浅はかだった。そして、先入観にとらわれていた。読みもしないで感想を言ってはならなかったのに。

 著者がこの短編集で描いたのは家族。5つの短編の主人公たちの家庭ではそれぞれ、同じ幼稚園に子どもを通わせているという共通項がある(とはいえ、それぞれの登場人物同士のつながりは希薄。連作短編集というと、主人公たちが全員顔見知りとか思いがけない縁があるとか少々強引さを感じるような設定が多いものだが、この淡泊さは新鮮な気がした)。書店で表紙に使われているかわいらしい女の子の写真が目にとまり、ぱらぱらと流し読みをして、どうやらこれは家族のことを書いた本らしいと気づいた私は思った。これならいける。恋愛には(自分についても他人についても)もうほとんど興味ないけど、家族ものなら気になる。読んでみよう、窪美澄。

 おかげさまで自分自身の子育てにおいては、公園デビュー失敗や園ママからのいじめなどとは無縁だった。それでも自分の子どもが他の子と接する中で、ちょっとしたトラブルに気をもんだり成長が遅れているのではないかとの不安にかられたり、どうにも心穏やかではいられないときもあった。まして本書の主人公たちのように完全に追い詰められていたとしたらどれほどきついだろうと思う。この場合に難しいのが、子どもという不確定要素ゆえに、母親の努力次第でどうにかなるとも限らないことだ。知らないうちなら、あるいは通り過ぎた後なら気楽に言えるのだ、「たいしたことじゃないよ」「考えすぎるとよくないよ」と。だが、幼児を育てるという嵐のような日々の中にいる者にその声は響かない。我が子の人生は自分の育て方にかかっている。としたら、どうして大したことではないなどと言えるだろう? いくら考えても考えすぎるなんてことがあるだろうか? これはもう、基本的には時間が解決してくれるのを待つしかない。子どもはいつの間にか成長する。成長すると話せばわかる部分が増えてくるから。あるいは、子育てに限らずさまざまな方面でどんどん妥協する。子どもが元気であれば多少ぼーっとしてても(orやんちゃでもor成績が悪くても、等々)いい、家なんてかたづいてなくてもいい、食事は手抜きでいい...。愛情を持ってがむしゃらに子育てしていれば、少々のミスやすれ違いなどがあっても必ずや家族とは理解し合えると信じたい。

 と言いながら、私が特に印象に残った作品は「かそけきサンカヨウ」だった。子育て中でもおしゃれな生活を送るセレブを演じることで周りとうまくやっていこうと焦る母親(「ちらめくポーチュラカ」)、妻に気を遣いイクメンとして立派にやっているつもりなのに報われていない父親(「サボテンの咆哮」)、知的障害者だった姉の面影を自分の娘に見てしまい平静でいられない母親(「ゲンノショウコ」)、妻が自分への興味を失ったと感じ若い子とつきあうことでもう一度ときめきを取り戻そうとする父親(「砂のないテラリウム」)と、5編のうち4編は幼稚園児の父母視点なのだが、この短編だけがまだ人の親ではない女子高生・陽が主人公。彼女が思い悩む様子に不思議と説得力を感じたのは、それが純粋に子どもとしてのものだったからかもしれない。幼稚園児と比較すれば大人に近いけれど、まだまだ親に守られながら生きていても当然の存在だから。

 言い訳させていただくと、私が窪氏に対して「恋愛小説家」というイメージを持ったのもある意味しかたないことだ。デビュー作は第8回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞した「ミクマリ」。この作品も収録されたヒット作『ふがいない僕は空を見た』では、"アニメのコスプレをして情事にふける男子高校生と主婦"が主人公というところがクローズアップされていたし、読み手の方でも注目した点であろう。だがもちろん、そういったキワモノ的な興味だけで読者を魅了することなどできないことは、著者の継続的な活躍をみれば容易にわかることと思う。恋愛小説を敬遠する気持ちにはいまのところ変わりないのだが、「窪美澄の小説なら読んでみよう」と大きな前進を遂げている。

(松井ゆかり)