『愛国論』(KKベストセラーズ)

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 昨年は『殉愛』(幻冬舎)騒動ですっかりその「嘘つきぶり」を満天下に知らしめてしまった百田尚樹センセイ。だが、百田センセイがデタラメをまきちらしているのは、入れ込んでる女性を描いた美談だけではなかったらしい。

 百田センセイといえば、従軍慰安婦の否定や侵略戦争の肯定、さらには改憲を声高に叫ぶタカ派論客としても知られている。ツイッターでは「もし他国が日本に攻めてきたら、9条教の信者を前線に送り出す」と暴言をはき、「正論」や「WiLL」などの右派メディアにも度々登場。その政治スタンスが安倍首相から評価されて、NHKの経営委員にも抜擢された。

 ところが、こうした勇ましいタカ派言説も実は『殉愛』と同様、ほとんど根拠のないテキトーなもののようだ。そのことがはっきりしたのが、『殉愛』騒動真っ盛りの年末に出版された田原総一朗との対談本『愛国論』(KKベストセラーズ)だ。

 帯には「日本人はいかに日本を愛すべきか」「戦後70年自虐史観と訣別する!」と勇ましい文句が並ぶこの本、流行ものにはなんでも乗っかる田原の無節操ぶりに改めて感心してしまうが、百田センセイは当初、田原を「典型的な左翼系ジャーナリスト」だと思って警戒していたという。「ところが、会って話してみると、思っていた人とはまるで違っていた。田原さんは会うなり、私の小説『永遠の0』の話になり、絶賛してくれた」と、すっかり心を開いたらしい。

 そもそも、「田原が左翼」という認識自体、噴飯ものだが、そんな百田をおだててその気にさせてしまうのだからさすが"人たらし"田原である。実際、田原に乗せられ、百田センセイはまるで大物保守論客になったかのごとく、先の大戦や、自虐史観、中国や韓国との関係、そして朝日新聞問題について、自説を滔々と開陳するのだ。

 ところが、語れば語るほど、露呈されるのが無知、底の浅さ、そしてデタラメ。たとえば、自虐教育についての会話はこんな感じだ。

 百田「『お前たちが悪いことをしたんだ。自分たちが悪いことをしたと認めなさい』とガンガンやった結果、いまだに日教組(日本教職員組合)なんかが......」
 田原「日教組なんか、もうどうでもいいじゃない(略)」
 百田「いやいや、4人に1人もの教員が自虐史観で教えているとすれば大問題ですよ(略)。日教組の力が強いところの高校が修学旅行で韓国に行き、韓国人の前で土下座させていたという話もある」

 あーあ、さっそく出ちゃったよ。百田の土下座というのは、おそらく1998年の広島県立世羅高校の韓国修学旅行報道のことを指しているのだろうが、これはとっくにガセだったことがわかっている話。もともとは韓国日報が「三・一(独立)運動記念塔前でひざを折って座り、日帝侵略と植民地蛮行を謝罪する文章を朗読した」と報じたのを受けて、産経はじめ右派メディアが裏取りもせずに「韓国修学旅行で生徒を土下座させた」と書いたのだが、実際は、よく見かける修学旅行の生徒が駅の通路に座っているのと同じで、車座になって座っていただけ。読み上げた文章も謝罪の言葉は一言もなく、「21世紀を創る世代の人間のひとりとしてせいいっぱい平和と友好の心を育み続けたいと思う」という宣言文だった。

 これにはさすがに田原も、「土下座は誤報だった」という旨を説明するが、百田センセイは聞く耳をもたず「いや、生徒に韓国人たちの前で土下座させた高校はいくつもあります。体育館のような広いところで、生徒全員に土下座させるのです」と自分の都合と思い込みで主張し続ける。

 また憲法9条の改正についてはこんなことも口にしている。

 百田「改憲派の私は『軍隊をもって戦争を抑止する』と考える。21世紀の世界にある軍隊のほとんどが『戦争抑止のための軍隊』ですからね。軍隊があるからこそ戦争が起きないんです。戦後から今日まで、ずっとそうでしょう。ヨーロッパでNATO軍とワルシャワ条約機構軍が向き合っていたけど、戦争は起こらなかったじゃないですか」

 はあ〜? 戦後世界で戦争がなくなったなんて初めて聞きました。21世紀に入ってからだけでもイラクへの対テロ戦争、終焉なきパレスチナ紛争、ソマリア、リビア、コンゴ、シリア、あれは何なのでしょう? NATO軍にしてもボスニアやアフガン、リビアの空爆など軍事行動を行っているではないか。

 在日問題についてもほとんど在特会の代理人のようなデマをふりまいている。

「『通名』が認められているとか、生活保護や税制の優遇などという噂もある」「在特会でも韓国人の商店を襲ったりはしない」
「韓国人慰安婦たちは高給取りだった」

 また、尖閣諸島をめぐる中国との関係、そして日米安保の問題に話が及んだ時は、こんな荒唐無稽な珍説を披露するのだ。

「仮に中国軍が尖閣諸島に攻めてくるとしましょう。アメリカ軍は日本を守るために戦い、兵士が撃たれて死ぬ。後ろで日本は何をしているかといったら『頑張ってください。武器とか食料とか、後ろからなんぼでも応援しますから』。アメリカ兵は『なんで日本のために、わしらが撃たれて死なねばならんのや』と思いますよね。そんなんでアメリカが果たして戦いますか。戦わないですよ」

 そして、2人の会話はだからこそ集団的自衛権が必要だという話になっていくのだが、ちょっと待ってほしい。そもそも現行の憲法解釈では、もし尖閣が攻撃されたら、それは集団的自衛権とは無関係に個別的自衛権が発動され、当然、自衛隊が対応できるんじゃないのか。どうやら百田センセイは集団的自衛権と個別的自衛権の区別もついてないらしい。

 田原は一応「もちろん自衛隊は戦います。これは個別的自衛権でね」とやんわりフォローしているが、そんなフォローにも気付かない百田センセイ――。都合のいい "事実"だけを抽出し、その後の論を展開するやり口は健在で、期待通り事実誤認とツッコミどころ満載の対談本だ。

 とはいえ、さすがに田原に遠慮してか、いつものような口汚い罵りやヘイト発言は影を潜めている。また真偽不明な事実を元に中国や韓国を攻撃しようと試みているものの、前述のように田原から事実誤認などを指摘されるため、いつもほどの勢いはない。

 しかし、そんな抑え気味の百田センセイが豹変した瞬間がある。それが朝日新聞に話が及んだ時だ。ここでは我が意を得たとばかりに、吠える吠える吠えまくる! そんな百田センセイの朝日批判の発言によ〜く耳を傾けて欲しい。

「(朝日のどこが気に食わないかとの質問に)反権力のためなら捏造も辞さないという姿勢です。(略)しかも『ない』ことを『ある』という」
「最初に結論ありき。事実を発掘して客観的に、冷静に伝えるジャーナリズムの姿勢を放棄している」
「朝日新聞の勝手な思い込み」
「8月5日のいわゆる検証記事は、まったく検証になっていない。なおかつ、記事を取り消したにもかかわらず、謝罪を一切していない。しかも、強制連行の証拠はないが、やっぱり自由を奪われた強制性はあった、と開き直った記事だと思います」
「最初の記事を書いた記者が『話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった』ことはわかった。しかし、慎重な記者がものすごく巧妙なウソに騙されたのか、アホな記者が具体的で詳細なだけの作り話を信じたのか、わからない」
「ふつうの記者ならば、裏を取るのが当たり前でしょう」
「記者としての当たり前の手続きである裏取りをせずに記事にしたということはですね、ようするに最初から怪しい部分に目をつぶっているわけです」
「朝日新聞は、『事実』より前に、自分たちの『目的』があるんです」
「自分たちが主張したい記事を書くためならウソを捏造して出してくる」
「虚報や捏造という手段に訴えてまで『反体制を貫く』ことが、自己目的化している」
「そのためには、いかに人を傷つけてもいい。あるいは、どれほど人が傷つくかを考えない。これは、想像力があまりにも欠如していますよ」

 す、すごい。まったく同感です! ただし『殉愛』騒動を念頭に、「朝日」や「記者」という主語を「百田」と入れ替えれば......。そう、同書の朝日批判は「それはお前のことだ!」と突っ込みたくなる発言ばかりだったのだ。

 この対談はさくら夫人への取材に"命を削っていた"はずの7月から10月にかけて計4回行われていたらしいが、当時、百田センセイはその後に待ち受けている『殉愛』大騒動、そして対談発言がブーメランのように自らに返ってくることなど予想だにしなかったのだろう。いや、仮に騒動が起きた後でも、きっとこの人にとってはなんの関係もないのかもしれない。自分と対立する相手の誤りについては針小棒大に「捏造」とわめきたて、自分の意図的な「捏造」にはまったく知らんぷりなのだ。

 というか、この人、戦争とか男気とかが大好きなただのお調子者のおっさんで、ほとんど何も考えていないのではないか。ちょっとした情報を聞いてはその気になって、やたらオーバーでテキトーなことを言う......。そういう意味では、政治やジャーナリズムの分野に進出してきたのが間違いだったのかもしれない。おとなしく小説に専念していれば......と思っていたら、なんと、その小説でも「事実の捏造」が明らかになった。

「週刊文春」で始まった連載小説『幻庵』で実在の囲碁棋士・本因坊算砂を取り上げ、「(算砂は)大橋宗桂と平手で対局し、これに勝っている。つまり算砂は碁も将棋も日本一であった」と書いたのだが、これについて、ツイッター等で〈対戦成績は算砂1勝、宗桂7勝。客観的に見て、宗桂の方が算砂より強い。算砂が「将棋も日本一」だったとするのは誤り〉〈変なのは歴史的資料として算砂は宗桂に1勝していることを挙げているのに、宗桂が算砂に7勝している情報を「落としている」点〉〈百田氏が最も嫌うマスコミ的やり方ですよw〉といった指摘が寄せられたのだ。

 まあ、何を書いても自分の都合のいいように事実をねじ曲げてしまう人なんですね、きっと。
(伊勢崎馨)