『卒アル写真で将来はわかる 予知の心理学』(森嶋マリ訳/文藝春秋)

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 アメリカの心理学者マシュー・ハーテンステインによる『卒アル写真で将来はわかる 予知の心理学』(森嶋マリ訳/文藝春秋)は、本国のみならず日本でもかなりの売れ行きを示しているようだ。確かに、なんとも刺激的なタイトルではある。「卒業アルバム」といった小さな事柄で、その後の人生の全てがわかってしまうのか......?

 どうせ日本人向けに付けられたキャッチだろうと思いきや、原題も同じ意味合いのもの。
『"THE TELL" The Little Clues That Reveal Big Truths about Who We Are』

 下手な訳だが、「ささいな手がかりが示す、みんなの"正体"」という感じになるだろうか。少し長めの文章で断言する「新書っぽいタイトル付け」スタイルに、洋の東西は無いようだ。

 ともあれ、肝心なのは内容だ。筆者は初めにこう述べている。

「本書のテーマは人が見せる一瞬の態度を観察して、物事をどのぐらい予測できるかということだ」

 見た目の印象や仕草といった「ささいなこと」によって、どれだけの非言語的なサインが出されているか、あるいは周囲の印象がどれだけ変わるのかといった点に着目。「排卵日にはゲイがわかる」「嘘をつく奴の顔はここが違う」など様々なケースを、データ分析に基づいて紹介している。さすが大学で教鞭をとる心理学者の本というか、脚注の資料はかなりの数が提示。街中に溢れる、ほぼ主観で書かれたトンデモ本と一緒にするわけにはいかないだろう。

 タイトルに即したケースを見ると、筆者は様々な卒業アルバムに載った写真を数百枚も採集。写った笑顔の度合いを数値化し、その後の人生を調査してみたそうだ。なんとも興味深い実験だが、果たしてどんな結果がでたのか。本当に「皆の将来がわかった」のだろうか?

「笑っている人は結婚が長続きする確率が高い」

 ふむ、なるほど。さらに他の研究者の実験も併せて、筆者はこう結論づけている。

「笑っている人は、しかめ面の人に比べ、満ち足りた人生を送り、人とのつながりも豊かだという結果が出ている」

 ......あれ? いやいや、それって当たり前のことでは? 別に反論もないけど、わざわざ指摘するほどのことなのか?

 ここでこの本への不満をぶつけると、おしなべて主張が「当たり前すぎる」のだ。確かにデータをある程度の数以上集めたり、キチンとした実験や集計を行い、他の研究結果も参照しているのだろう。しかし、そこから導かれる結論は「いや、それくらいの常識、皆わかってるよ」というものばかり。例えば......

・「顔幅が広い男性」は、細面の男性よりも暴力的。
 男性ホルモン(テストステロン)が多いとガッシリとした顔面になり、それが攻撃性へとつながる傾向が多い......と言い切れば差別に繋がってしまうが、少なくとも「第一印象」の面では以下のことが言える。 つまり我々は、ほっそりした男性より、ガッシリした男の方を攻撃的と感じてしまうのだ!

・WHRの低い女性がモテる
WHR(ウエスト・トゥ・ヒップ・レシオ)とはウエストとヒップの比率。ウエストが細く、ヒップが大きいほど、この数値は低くなる。腹周りに脂肪が少なく、尻周りに脂肪の多い人は女性ホルモンが活発で、健康状態と繁殖能力が高い。人気女優などのWHRを算出したところ、おおむね0.7以下となった。つまり、くびれている女性の方が、その逆よりモテるのだ!

 ......他にも、嘘をつく人は表情に表れる、政治家は外見が良いだけで選挙に勝ちやすい、などの例証が提示されてゆく。それらいちいちに研究資料が参照されており、キチンと検証してはいるのだろう。しかし結論部分に達するたび、思わずこんなツッコミを入れたくなってしまう。

 知ってるよ!

 唯一面白く感じたのは、女性は排卵日近くになると、同性愛者の男性を見抜きやすくなる(繁殖のための生物的本能から)といったもの。特に恋愛やセックスを念頭に置くと感知度が上がるのだという。もっともこれも、女性たちにとっては常識的な「あるある」話かもしれないが。

 確かに、当たり前と思われていたことを客観的にデータ化することは無駄ではない。印象論で語られていた常識も、数値化してみたら結論が覆るということもあるからだ。とはいえ「ささいな非言語メッセージを、我々は敏感にキャッチしている」という周知の事実に興味を抱くのは、いくらなんでも難しい。

 そういえば我が国でも、似ている書籍が流行したことがあった。2005年に116万部という大ヒットを飛ばした新書『人は見た目が9割』(竹内一郎/新潮社)だ。これも非言語コミュニケーションが印象の大半を占めているというテーマの書籍。その内容は、姿勢を良くしたり、会話の「間」、距離のとり方が大事だったり、言語以外の伝達もあるんだという......とどのつまり間違いでも無いけど、別に言われなくてもわかっていることだった。日本でもアメリカでも、今ある通念を揺すぶるのではなく、普通の常識・良識を再追認させてくれる本が求められ、売れているということだろうか?

 とはいえ『卒アル写真で〜〜』の筆者ハーテンステインについては、「当たり前」の確認だけで論旨を終えてはいない。政治家は印象で選ぶのではなく政策を吟味した上で投票行動すべきと述べているし、コミュニケーション能力の高い教授ばかりが学生の評価を得て出世する大学体制に警鐘を鳴らしている。我々は知らないうちに見た目・仕草(筆者は"表出性ハロー効果"と呼ぶ)に左右されていることを自覚し、それとは別の理性的な行動も心がけよう、といった主張は肯ける。

「問題は表出性ハロー効果がこれほど強力なのに、誰も気づいてないことだ」
「はっきり言わせてもらえば、その点で表出性ハロー効果は有害だ。表現豊かかどうかだけで人を判断するべきではないのに、つい誰もがそうしてしまう」

 見た目の印象による判断は、日常で「当たり前」に行っていること。言われなくてもわかってるよとは思いつつも、確かに、筆者の言うとおり「当たり前」すぎて忘れてしまう場面もあるだろう。「ささいな手がかりが示す、みんなの"正体"」といったテーマを進めつつ、そこから生じる問題点もキチンと指摘する。そんなバランス感覚の正しさについては、好感がもてる一冊だ。
(吉田悠軌)